第五章 17 真打ちはお前がやれ!

 「畜生ちくしょう! 紗希! あのクソ彼氏を何とかしろ!」


 ベルウッドさんがえた。


 もしかしてナヒト? すると、先程の音は銃声? 局長は狙撃そげきされたということなのか。


 ……とか、ナヒトだとピンと来てしまうわたしも変!


 「彼氏じゃないです!」


 それどころではないのだが、ちゃんと反論しなくては。


 しかし、ベルウッドさんにしては珍しい。ケダモノセンサーで勘付かんづいても良さそうなものだが、やはりこの状況ではそこまでの余裕がなかったのだろう。


 それに、妖狐血晶フォキシタイトの針で負傷した影響もあるのかもしれない。


 「どこにいるんです⁉」


 と、ノエル先輩。


 「あっちだ!」


 ベルウッドさんは剣を振る合間に、あちらの奇岩を指差す。……って、この大蛇型紅衣貌ウェンナックが出てきた大穴ではないか。


 だが、そこにはすでにナヒトの姿はない。


 やっぱり、わたしの不安が的中した。絶妙に小賢こざかしく介入し、天才的なまでに、わたし達に大ダメージを与える。戦闘能力が高いだけでなく、腹立たしいほど狡猾こうかつだ。


 うじゃうじゃとむらがってくる紅衣貌達を押し退けるように、大蛇がせまって来る。


 ああもう! 対処し切れない!


 ノエル先輩がヤケクソ気味に大声を張り上げ、練識功アストラルフォースの剣を生み出して振り回した。


 その剣に触れた個体はもちろん、数メートル離れた個体までも、波動の影響で溶失した。


 その波動は接近していた大蛇型紅衣貌にも及び、右眼球をかすがし、後退させた。


 むろん、わたし達とて例外ではない。ベルウッドさんがわたしにタックルを掛けるのがあと一瞬遅かったら、雑魚ざこ個体達と同じ運命を辿たどっていただろう。


 「むやみに振り回すな! 濃度が中途半端だと散らかりやすいんだ!」


 ベルウッドさんに怒鳴られ、ノエル先輩はあわてて練識功の剣を引っ込めた。


 とは言え、僥倖ぎょうこうとなった。雑魚個体達をほぼ一掃いっそうできたのだから。


 だが、安心もしていられない。大蛇型紅衣貌が怯んだのもほんの一瞬。再びしつこく前進を始めた。


 なぜか、傷付いた右目に再生の兆候ちょうこうが見られない。


 まさかよもや……練識功による損傷の場合、再生能力は発揮されないのだろうか?


 「一番余力よりょくがあるのはもうお前だけだ! 真打しんうちはお前がやれ!」


 気取きどり屋オヤジのベルウッドさんかららしくもない発言。やはり、あの妖狐血晶の針の影響である。小さなエネルギー弾の数発ならまだしも、剣のような高レベルの練識功の発動は命取りとなるだろう。


 けれども、ノエル先輩の作る練識功の剣は濃度が薄くまとまりがないのは事実。原体を破壊するには、十分とは言い難い。


 悲しいかな、わたしは最初から論外なので、もう覚えたてでも何でもノエル先輩しか真打ちがいないのだが。


 ……と、いつどこから現れたのか、局長が埋まる岩片の山の側に人影があった。


 ナヒトだった。幽霊のように、怪奇現象張りに出現しやがった。


 なぜここに来たのだろう? わざわざこんな危険な所にやって来なくても、遠くから高みの見物でもしていた方が安全なはず。


 「丁度いいささげ物ができましたね」


 ナヒトは積み重なった岩片をどかし始める。


 冗談ではない。局長を大蛇型紅衣貌に喰わせるつもりなのだ。


 まだ切羽せっぱ詰まった状況であることに変わりはないだけに、この兄ちゃんの飛び入りははなは鬱陶うっとうしい。


 「させるか!」


 ノエル先輩が小さなエネルギー弾をナヒトに飛ばす。


 ナヒトは小莫迦にしたような薄ら笑いを浮かべ、軽いステップでかわした。


 「ノエル! こんな雑魚相手に力を無駄づかいするな!」


 ベルウッドさんからまた叱咤しったが飛ぶ。


 雑魚呼ばわりされ、さすがのナヒトもかんさわったのだろう。その顔から薄ら笑いが消えた。


 そうこうするうちに、また大蛇型紅衣貌が雪煙と共に襲来する。


 たまらず、わたし達はその場から飛び退き、大蛇から距離を取った。


 ベルウッドさん以外は。


 ベルウッドさんはわたし達と違う方向へ突進した。ナヒトに向かって。


 瞬刻で間合いを詰めざま、ナヒトの首をねる勢いで横薙よこなぎに剣を振る。


 もう身柄みがら拘束こうそくなんて優しいことはしない。命をうばうつもりだ。


 ナヒトは舌打ちしながら上体を落とし、ベルウッドさんの横薙ぎの刃をやり過ごす。


 そのあごを目掛け、間髪かんぱつ入れずにベルウッドさんから左アッパーが発射された。神速!


 ナヒトは咄嗟とっさにのけ反り直撃はまぬがれたが、こぶしで顎をかすめ打たれて後ろへたたらを踏んだ。


 体力を消耗しょうもうしているとはいえ、ベルウッドさんの方が実力は上のようだ。それもそのはず、本来、瀕死ひんしでなければ軍曹が勝っていたはずの相手なのだ。軍曹と互角ごかくに打ち合えるベルウッドさんが勝つのは道理どうりである。


 ベルウッドさんの剣が空をり、うなる。スクリューさながらの剣戟けんげきでナヒトに豪攻ごうこうをかけた。


 ナヒトはお得意のナイフ両刀使いで攻撃をはじくが、やはり軍曹の時ほどの余裕はない。


 剣風で雪を巻き上げ奮闘しながら、ベルウッドさんにされ、後退してゆく。


 ―――大蛇の方へと。


 言わずもがな、ベルウッドさんがそのように仕向しむけているのだ。


 ん? 待てよ。ナヒトが大蛇型紅衣貌に喰われたら……!

 

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