第四章 11 事実、わたしの悲鳴は誰にも聞こえなかったのだ。

 う~ん、ステキだなぁ♥ になる横顔、立ち姿。何時間見ていても飽きない♥♥

 

 「実は僕達、軍曹と紗希ちゃんが避難小屋にいることは知らなかったんだ。狐魑魅こすだま渓谷へ向かうはずだったんだよ」

 

 ノエル先輩は下を向いたまま、唐突とうとつに話し出した。

 

 「でも途中で、ベルウッドさんがいきなり『紗希の悲鳴が聞こえた!』って言って、一人で飛び出して物凄い速さで引き返していって……後を追いかけたら、本当に紗希ちゃん達がいて……ベルウッドさん、凄いよね」

 

 「え……そうだったんですか?」

 

 確かに状況を考えれば、遠くからのわたしの悲鳴が聞こえたのは信じられない。あの猛吹雪にスノーモービルのけたたましいエンジン音が加わると、ある程度距離があれば、たとえ爆竹ばくちくを鳴らされても気付かないだろう。

 

 事実、わたしの悲鳴は誰にも聞こえなかったのだ。ベルウッドさん以外には。

 

 わたしがこうして無事でいられるのは偶然ぐうぜんが重なったことによる賜物たまものである。拳銃の不具合と、それにベルウッドさんの超地獄耳にすくわれたのだから。

 

 「紗希ちゃんの悲鳴こえ、僕には聞こえなかったのに……」

 

 そんなに落胆らくたんしなくてもいいのに。ベルウッドさんの聴覚がケダモノ級なだけだし。

 

 「それに、最終的にナヒトを追い払ったのもベルウッドさんだよね。僕は途中で閃光弾せんこうだんに目をやられて何もできなかったし、局長みたく紗希ちゃんの怪我を治したわけでもない。結局役立たずだった。情けないよ」

 

 あこがれ尊敬してきたノエル先輩が劣等れっとう感を抱いている。ノエル先輩が役立たずなら、わたしなどもはや穀潰ごくつぶし以下ではなかろうか。

 

 「そんなことありません。今回はたまたま,ベルウッドさんの特技がきただけですよ。ほら、あの人、目が見えない分、他の感覚が人間離れしてますから」

 

 これは決してなぐさめや気休めではなく、客観的つ事実にもとづく所見しょけんである。もしくは、わたしの独断と偏見とも言えるかな。

 

 「紗希ちゃん、ベルウッドさんに対しては遠慮えんりょがないね。僕には気をつかうのに……」

 

 「え……別に……そんなことは……」

 

 口ごもるわたし。

 

 ベルウッドさんに気ねしないのは……たぶん、同じ屋根の下で暮らしているし、それに……そうそう、気を遣うほどの相手でもないから。絶対そう。

 

 「気にしないで。変な意味で言ってるわけじゃないんだ。ただ、ベルウッドさんといる天真爛漫てんしんらんまんな紗希ちゃんを見ていると、何だか僕まで楽しくなるって言うか……幸せな気分になれるから、だから……いいんだ」

 

 物っっっ凄く気にしちゃうんですけど? 果てしなく変な意味にも取れるし。

 

 けれども、適切な返しが思い浮かばないので、話題を変えることにした。

 

 「……と、ところで、ノエル先輩、練識功アストラルフォースの剣、作れるようになったんですね。凄いです」

 

 「まあ……形だけはね……」

 

 ノエル先輩はなぜかあまり浮かない表情。

 

 「僕としてはかなりの成長だけど、まだ形を作るのがやっとで、もっと濃度を上げるようにって、局長からはダメ出しされちゃったよ」

 

 くやしさ半分ほこらしさ半分、そんな様相ようそうだった。

 

 「明日は狐魑魅渓谷へ行くことになるし、頑張ろうね。軍曹がいなくてもやれるってこと証明しなきゃ。局長に認めてもらいたいし、それに……太刀たち打ちできないのは分かってるけど、ベルウッドさんにも負けたくないから」

 

 ああ、ノエル先輩。わたしのために、あんなふしだらオヤジに対抗意識を持たないで。ノエル先輩は今のままで超絶に魅力的でたのもしいのだから。

 

 でも、わたしの口からその素敵な事実を伝えたとしても、ノエル先輩本人はあらゆる部分で満足も納得もできないのだろう。




  それから居間へ行くと、朱室しゅむろさんのご主人が囲炉裏いろりで鉄鍋を掻き混ぜていた。


 いい匂い。お味噌汁みそしるの匂いだ。


 大きな丸い木皿にはおにぎりがたくさん盛られており、その横の器には川魚―――岩魚いわなだろうか?―――の甘露煮かんろにとたくあんもある。それに干し柿、輪切りのパイナップル、ビスケット……あれ? 


 なんか場違いな物があるけど……?

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