第四章 12 なんていい人だろう。

 「すみません。突然大勢で押しかけて……こんなにも気をつかっていただいて……」


 「差しつけぇねえです、局長さん。あん有名なアンブローズさんのお役に立でんなら、こっだら嬉しいごだねえですよ。ほら、近頃は汽車さァ乗っで行商人ぎょうしょうにんんで、米だの珍しいお菓子だの缶詰だの手に入んです。こん時期でも、戦前ほど食いもんに困んねんですわ。田舎いなか料理ばっかですけど」


 独特のなまりがあるご主人だが、快闊かいかつ人柄ひとがらうかがえる。


 それはさて置き、場違いなフルーツやお菓子の謎は解けた。特にフルーツの缶詰なんて、東河岸しのかしでさえも輸入食品専門店等でわずかにお目に掛かれる程度の珍重ちんちょう品なのに。


 そしてやはりお米も買ったものだった。この寒冷地では稲作には適さないのだから当然だが、その貴重なお米をわたし達のためにこんなにたくさん振る舞ってくれているのだ。


 この夜食、かなり奮発ふんぱつしている。


 しかもご主人はわたし達に寝泊まりする部屋まで用意してくれていたのだ。まさにいたれりくせり。


 壁沿かべぞいには熊やたかうさぎ等の木彫きぼりの鳥獣が置かれている。ご主人は木彫り職人で、畑をやりつつ、年に何度か街場で個展を開いているらしい。食べ物を乗せている木皿もご主人の手作りだとか。

 

 「そんで、皆さん、やっぱり……狐魑魅こすだま渓谷さァ行ぐんですか?」

 

 ご主人は囲炉裏いろりで作ったお味噌汁をおわんに分けながらたずねてきた。


 「はい。紅衣貌ウェンナックがいると知った以上、放ってはおけませんから。外に出て来たら、この村はもちろん、どこまで被害がおよぶか分かりませんので」

 

 「んなら、オラが皆さんを狐魑魅渓谷さァ乗っげでぎます」

 

 「あ、ええ、でも……」

 

 出し抜けな申し出に、局長は二の句をげなくなった。

 

 もちろん有難いことだったが、これ以上、朱室しゅむろさん夫妻の手をわずらわせるのも居たたまれない。

 

 でも、狐魑魅渓谷まで行く手段あしは必要だ。

 

 この時、局長がどんな無謀むぼうな方法を考えていたのか、わたしにもさっしが付いた。

 

 きっと、スノーモービルを借りて、自分で運転していくつもりだったのだろう。

 

 行って帰ってと、往復するご主人の手間を考えれば確かにその方が良い。しかし、ナヒトのあのハンドルさばきを見ていただけでも何となく分かる。スノーモービルの運転は技術とコツと、それなりの経験が必要だと。ただ運転の方法を覚えただけの素人しろうとでは、整備もされていない大自然の氷雪の大地を長距離走るのは想像以上に骨を折ることだろう。かなりこなれていたナヒトでさえ、出っ張りや吹き溜まりでは少々手間取っていたのだから。

 

 「帰りン心配もいらねぇです。オラが渓谷前ンとごで皆さんをお待ちすんで」

 

 なんていい人だろう。

 

 だが、紅衣貌をやっつけるのに数時間、ともすれば数日間掛かることもありる。その間、ずっと極寒の最中さなかで待たせることはできない。それはたとえ過酷かこくな環境でなくても同様だ。

 

 「ありがとうございます。ですが……さすがにそれは危険です。悪天候にもなるでしょうし、何より紅衣貌やアポカリプスの連中に襲われる可能性もあります」

 

 「んなら一遍いっぺん帰っで、また次の朝にでも迎えさァ行ぎます」

 

 「……しかし……我々が翌日帰って来られるかどうかも分かりませんし……」

 

 「気ぃ遣わねでぐだせえ、局長さん。こん時期は畑もでぎねえですし、暇ですがら。皆さん帰るまで、毎日でも行ぎます」

 

 「……は、はぁ……」

 

 「……で、あんの~、早ぐ召し上がっでくだせぇ。そん娘さん、よだれらして待ってるもんで、なんが気の毒で……」

 

 ご主人はわたしを見て苦笑いする。

 

 ノエル先輩も同じく苦笑いし、わたしにハンカチを差し出してきた。

 

 ああああ、いけない! 空腹のあまり、よだれが出ていることにも気付かなかった! これじゃガン助よりお行儀ぎょうぎが悪い!

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