第二章 2 嫌です。

 背格好がらしい、、、男性。しかし、ある程度近付いたところで別人だと判明した。

 

 「待たせたな。行こう」

 

 背後からベルウッドさんの声。

 

 「……あ、はい」

 

 わたしは我に返り、振り向いた。

 

 ベルウッドさんは茶色い手提てさげ紙袋を持っていた。

 

 「何を買ったんですか?」

 

 「大福だ。この店のはうまい。お前さんこそ、何をほうけてたんだ?」

 

 鋭い。わたしの声の調子で、そんなことまでさっしてしまうとは。

 

 「見覚えのある人がいたけど別人だった。それだけです」

 

 わたしはつとめてさばさばと答え、ベルウッドさんにリードと麻袋を渡す。

 

 「ノエルのそっくりさんでもいたか?」

 

 ベルウッドさんはふざけたことを言いながら、紙袋の中から小さな包み紙を取り出す。

 

 「違いますっ! パパに似た人です!」

 

 わたしはムキになって言い返した。

 

 「おいおい、パパが嫌いだから家を出たんだろ。今になって恋しくなったか? とんだファザコンだな」

 

 「別に恋しくなんかないです! どうせ、出来の悪いわたしのことなんかさがしに来るわけないですし、第一、ここにいることすら知らないんですから! 大体どういうつもりです? せっかくの休日に人を叩き起こすやいなや、いきなり『俺に付き合え』? 出掛けるつもりなら、せめて前日に言うのが常識じゃmmgっ……」

 

 不満を爆発させたわたしの口は、甘く柔らかい物を突っ込まれてふさがれた。

 

 薄い緑色の食べ物。大福である。

 

 「これで機嫌直せ」

 

 ベルウッドさんは小さな包み紙からもう一つ大福を取り出し、自分でも食べた。

 

 められたものだ。このわたしが大福ごときで機嫌を直すとでも思って……と、ますますいらつく腹積はらづもりでいたのだが、これがなかなかどうして美味しい。

 

 皮は抹茶がり込んであるようで、ほのかに茶の風味が鼻に抜ける。あんは優しい甘さで、ただの砂糖の甘さとも違う。

 

 「那珂畠なかはた名物の仙丹せんたん大福だ。あんに干し柿をり込んであるらしいが、詳細なレシピは企業秘密なんだ」

 

 美味しいのは認めるが、しゃべっている人の口にいきなり大福をぶち込む神経は理解できない。

 

 などと抗議こうぎすれば、この変態オヤジのことだから『じゃあ俺の唇で塞いだ方が良かったのか?』とか言うに決まってる。

 

 紙袋にはまだ何か入っているようだ。わたしに会わせたい人とやらへのお土産だろうか。

 

 今食べた大福は道中どうちゅうのおやつ用に買ったということだろう。

 

 「ま、パパの反対を押し切ってけ落ちした、とでも思っておけ」

 

 「嫌です」

 

 わたしは即答そくとうし、きびすを返してプラットホームへと向かった。

 

 


 各駅停車、糖ヶ原とうがはら行き。その都度人々が乗り降りし、駅から発車するごとに車掌しゃしょうが切符を確認しにやって来る。

 

 感心なのは、車掌が一度切符を確認した乗客を正確に覚えていること。前の駅から新たに乗車した客のみに声を掛けるのだから、わたしに言わせれば天才的な記憶力だ。

 

 あるいは、慣れもあるのだろうか?

 

 そんなことを考えながら、何の気無しに窓の外をながめていると、次第に景色が変わってきた。

 

 厳密には、季節が進んだと言うべきか。

 

 白い色の割合が多くなってきた。建物や木々、畑や田んぼに雪が積もっていたのだ。

 

 那珂畠なかはたを出発する時は晴天だったのに、いつの間にか空は一面雲が広がり、雪がちらつき始めていた。

 

 それに、少し耳も詰まってきた。標高が高くなってきたためだ。

 

 汽車が進むに従って降る雪の量も増え、景色の雪化粧も一層厚くなってゆく。

 

 東河岸しのかしでも雪は降るが、せいぜい五センチ程度の積雪だ。こんな豪雪は見たことがない。

 

 都合、一時間強汽車に揺られ、胡楠うなん駅に到着した。

 

 汽車から降りると、那珂畠町とはかなり空気が違っていた。

 

 それは単純に積雪が多く気温が低いためでもあるが、もっと別の要素かもしれない。自然が豊かであり町並みそのものがひなびた雰囲気で、それに温泉郷とあって独特の温泉の香りも漂っているので、空気の質自体が那珂畠とは異なるのだ。

 

 ちなみに、東河岸から契羅城ちぎらきに来た時にも、同じように感じたのを覚えている。東河岸ほどごみごみしていないためなのだろう。こちらの空気の方が爽やかでわたしの肌に合っている。

 

 ここ胡楠は那珂畠よりもさらに時間がゆっくり流れているようで、落ち着く。

 

 ……って、なんだか本当に駆け落ちしてきたような気分になりそう。イヤだな~。

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