第二章 3 しかも『僕』とか言ってるし気持ち悪い。

 駅舎えきしゃ那珂畠なかはたとは打って変わって粗末なもので、二、三十年程度風雨にさらされたような濃グレーの石造りの小屋だった。いや、元々は濃グレーではなく白に近い色だったのかな。真っ白い雪がますます汚れといたみを際立きわだたせていた。

 

 山中なので戦火をまぬがれたのだろう。だから古い建物がそのまま残っているのだ。

 

 駅を出て、降りしきる雪の中、ゆるい上り坂を歩いて行く。主要道は除雪されていたので、歩くのに差し支えはなかった。

 

 道沿いの古い木造の家々の屋根にもそれほど大量の雪は乗っていない。こちらも定期的に雪掻きをしているようだ。

 

 棚田たなだや林は雪で覆われている。わたしにとっては田舎の景色はただでさえ珍しく、しかもそこに数十センチの雪が積もっているともなれば二重の感動だ。

 

 わたしはいちいち感嘆かんたんしながらベルウッドさんの後をついて行った。

 

 「おばさん、久しぶり」

 

 ベルウッドさんは小さなお土産屋の前で立ち止まり、中にいる中年女性に声を掛けた。

 

 お土産屋の女性は怪訝けげんそうにベルウッドさんを見返してからガン助を一瞥いちべつし、驚いたように目を見開く。

 

 「もしかしてルー坊?」

 

 ルー坊? ぞ?

 

 「ずいぶん見違えたね。男前過ぎて、ガン助がいなきゃ誰だか分からなかったよ」

 

 「男前は生まれつきだよ」

 

 しゃあしゃあと抜かすな。

 

 「その別嬪べっぴんさんはガールフレンドかい?」

 

 「あ、そう見える?」

 

 喜んでないで否定しろ。莫迦オヤジ。

 

 だが、ここで公然とベルウッドさんをかっくらす、、、、、わけにも行かず、わたしは引きった笑顔でおばさんに軽く会釈えしゃくする。

 

 「何ィ? ルー坊?」

 

 店の奥から中年の男性が現れる。おばさんのご主人だろう。

 

 「半年ぶりに帰ってきたと思えば、美人連れか。どこで捕まえた? うらやましいもんだ」

 

 帰ってきた? つまり、ここ胡楠うなん町はベルウッドさんの故郷ということなのか。

 

 「那珂畠には美人がいっぱいいるんだ。おじさんも今度一緒に行こうよ」

 

 「そんなこと言うんじゃないよ、ルー坊。この人本気にするから」

 

 おばさんがご主人の肩をバン! と叩き、大笑いした。

 

 とっても痛そうな音がしたけど……?

 

 「じゃあ、また後で来るよ。ママにも会いたいし」

 

 ベルウッドさんも笑いながらげ、お土産屋を後にした。

 

 「ママって? ベルウッドさんのお母さんですか?」


 少し歩いたところでたずねた。

 

 「俺を育ててくれた人だ。世界一素敵な女性だ」

 

 ベルウッドさんはいささ自慢じまんげに答える。

 

 それからもベルウッドさんは見知った人に挨拶あいさつし、驚かれ、冷やかされ(こっちが恥ずかしくなる)、あまり長い距離は歩いていないのだが、その割には時間を掛けて、ようやく目的地に辿たどり着いた。

 

 目的地とはもちろん、ベルウッドさんの実家である。

 

 一見、温泉宿街に溶け込みそうな、やはり古い木造家屋だが、玄関の表札に『胡楠教会』と書かれている。

 

 ベルウッドさんはガラガラと引き戸を開け、中に入った。

 

 「ママ―、ただいまー」

 

 呼び掛け、荷物諸々もろもろを置いて数秒待ったが、応答がない。

 

 「出掛けてるのかな?」

 

 「戸締とじまりもせずにですか?」

 

 「この町には泥棒どろぼうなんていないからな。鍵を掛ける習慣がないんだ」

 

 ベルウッドさんが言い終わると同時に、背後に人の気配がした。

 

 振り返ると、農作業服姿の白人女性が立っていた。おそらく年齢は五十代前半。土と雪で汚れた長靴を履き、大きな白菜を一玉抱えていたが、どことなく上品そうな雰囲気だった。

 

 「あら、ルーサー、なの?」

 

 女性の声は歓喜と驚愕にあふれつつ、半信半疑のようでもあった。

 

 最初に会ったお土産屋の女将おかみさんが言っていたように、相当見違えたのだろう。わたしが下宿をする前は、髪やひげをあまり手入れもできなかったようなので。

 

 「そうだよママ、僕だよ。元気だった?」

 

 ベルウッドさんは嬉しそうに答え、女性を抱き締めてほほに軽くキスをした。

 

 人をファザコン呼ばわりしておいて、自分も相当なマザコンじゃないか。しかも『僕』とか言ってるし気持ち悪い。

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