第二章 4 やっぱり気持ち悪い。

 それより、白菜がつぶれやしないかと心配である。

 

 「こちらの可愛いお嬢さんは?」

 

 「……は、初めまして。同僚の鞍馬紗希です」

 

 みょうな勘違いをされても困るので、わたしは先手を打って自己紹介した。

 

 「わたしはベサニー・ノックス。この胡楠うなん教会の牧師ぼくしよ。よろしく」

 

 女性はにっこりと微笑ほほえみ、白菜を玄関に置いた。

 

 「え? 牧師先生……ですか?」


 正直、耳をうたがってしまったが、人品じんぴんの良さを覚えたのも納得である。

 

 「かしこまらないで、ベサニーと呼んで。それよりいいタイミングで来てくれたわ。お昼にしましょ」

 

 「ママの手料理久しぶりだな。あ、そうだ。ママの好きな仙丹せんたん堂の大福を買ってきたんだ」

 

 ベルウッドさんの声はいつもより甘ったるかった。やっぱり気持ち悪い。

 

 「まあ、ありがとう。わたしの大好物よ」

 

 「僕はママの作るアップルパイの方が好きだけど」

 

 まるで恋人に接すように体を寄せている。わたしのファザコンなんてかなわないほど。

 

 時々わたしにも必要以上に接近してくることがあるが、局長や軍曹が言うには、相手の姿が見えない分、無意識のうちに人一倍スキンシップを求めてしまうのだろう、とのこと。息遣いや匂い、体温などで、表情や顔色を見るように、相手の機嫌や体調を読みんでいるということらしい。

 

 それがコミュニケーションの方法なら、えてケチをつけるつもりはない。

 

 ただ、わたしは決してファザコンではないということをここで明言しておきたい。




 白菜とごぼうと人参にんじん、そして猪肉いのししにく牡丹鍋ぼたんなべを作る。一人では食べ切れないほど猪肉をいただいたようで、誰かにお裾分すそわけをしようかと思っていたところにわたし達が来た形だ。

 

 いくら寒さが厳しいとは言え、まさか昼間から鍋を食べられるとは思わなかった。しかも、こんな地方の山の温泉郷で、外国人ふたりと。猪肉を食べるのさえ初めてなのだ。


 駅から歩いてきて気付いたのだが、この町に来てから倭倶槌わぐつち国の人々しか見ていない。外国人はベサニー牧師とベルウッドさんだけである。

 

 街場ではいろいろな人種を日常的に見かけるが、やはり少し田舎いなかだと珍しい存在だ。

 

 「大根とネギも入れようかしら。ちょっとってくるわ」

 

 「いいよママ、寒いから僕が行く」

 

 言うなり、ベルウッドさんは勝手口を出て、裏の畑へと行った。

 

 ベサニー牧師は慣れた手付きで猪肉をスライスしている。

 

 味付けはシンプルに鰹出汁かつおだしと味噌だが、薬味として生姜しょうがを入れるので、わたしは生姜の皮をいていた。

 

 「あの子も、ああやって身だしなみをきちんとすると、父親にそっくりね」

 

 「ベルウッドさんのお父さんのこと、ご存知なんですか?」

 

 「あの子とここで暮らすようになって……そうねえ、一年ぐらい経ってからかしら。父親と名乗る人がたずねて来て、息子を連れて帰りたいって言ったのよ」

 

 ベサニー牧師は肉を切る手を止め、遠い目をする。

 

 「必死に調べてこの場所を突き止めたんだと思うけど、丁重ていちょうにお引き取りいただいたわ。自分の子供を殴って失明しつめいさせた挙げ句、そのまま置き去りにするような人には任せられないでしょ。妻を病気で亡くして酒浸さけびたりになってたからって、言い訳はしていたけど……。あ、この話、あの子には内緒にしておいて。父親に似ているなんて言ったら嫌がりそうだから」

 

 失明の原因は、わたしも以前ベルウッドさんから聞いたことがある。八歳の時に父親にひどい殴られ方をされたためだとか。それも、殴られたのはその日が初めてではなかったらしい。

 

 わたしのパパは殴らない分マシなのかな。

 

 「ベサニー牧師と一緒にいる時のベルウッドさん、凄く幸せそうですしね」

 

 「……ところで紗希、あなた、あの子の同僚って言ったけど、あなたも整体師?」

 

 「え?」

 

 わたしはベサニー牧師の質問の意図を理解するまでの数秒間、皮剥きの手を止めた。

 

 あ、なるほど。ベサニー牧師の中では、息子は那珂畠なかはた町で整体院を開業しているんだった。

 

 「あら? 同僚とは違うのかしら? あの子が女性連れで帰ってくるから、もしかしてとは思ったけど、やっぱりそうだったのね。あの子にも素敵な相手ひとができて良かったわ」

 

 ベサニー牧師は満足そうに述べ、また肉を切り始めた。

 

 そう言えば、ベルウッドさんが言ってた『会わせたい人』って、まさかベサニー牧師?

 

 なんか今朝の起こし方もちょっと強引だったし……。


 自分の育ての親に会わせるなんて、一体どういうつもりなのだろう? いや待て待て。だったらその前に、ベルウッドさん本人から何か一言あっても良さそうなものである。

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