第二章 1 まあ付き合ってやるか。 

 雲もまばらな晴天。日差しがやわらかく初冬らしい天気だった。

 

 空気は冷たいながらも、風がないのでそれほど寒さは感じない。

 

 それにしても、いくら非常時にそなえてとはいえ、休日でも武器を持ち歩くのは骨である。とりあえず細長い麻袋に入れて肩に掛けているので、誰もこの中に剣が入っているとは思わないだろうが。

 

 銃器の所持はもう少し後になりそうだが、まだ拳銃の方が携帯しやすいかも。

 

 最寄もよりのバス停からバスに乗り、数分られたところで、わたしはふと思い出してたずねる。

 

 「ところで、今日は整体院の方もお休みですか?」

 

 「ああ、臨時りんじ休業だ。お前さんに、是非ぜひとも会わせたい人がいるからな」

 

 「? 誰です?」

 

 「来れば分かる」

 

 ベルウッドさんは言葉少なに答えるのみ。

 

 まあ付き合ってやるか。どうせ、今日ノエル先輩は仕事だし、一緒にランチに行けるのは少し先になりそうなので。


 車窓から彼方かなたながめれば、雪化粧をした狐臼こうす山が望める。標高一九〇〇メートル以上あり、中腹ちゅうふくにある胡楠町うなんまちは全国的にも有名な温泉郷だ。


 その向こうにも、もっと雪の濃い山々がいくつか見える。

 

 わたし達の前でお座りをするガン助が、ベルウッドさんのひざの上に顎を乗せて目を閉じている。かわいい。

 

 基本的に外出のさい、ベルウッドさんはいつもガン助を盲導犬としてともなわせる。障害物や段差、通行人など、きちんと把握はあくして先導せんどうするのだから賢い。

 

 もちろん練識功アストラルフォースもあるので、ベルウッドさんは自分で周囲の様子を認識できるが、長時間感覚をませ続けるのは結構疲れるらしい。だから、私用で出掛ける時はガン助に任せているとのこと。

 

 一緒に出掛けるのだから、わたしに任せてくれてもいいのに。

 

 あ、勘違いをしないでほしい。決してガン助に焼きもちをいているわけではない。はっきり言って、こんなドSオヤジにどう思われようと構わないのだが、信用されていないようでいささ心地ここち悪いだけである。

 

 それから約二十分後、バスは終点の那珂畠なかはた駅に到着した。

 

 戦後に建設された木造の瀟洒しょうしゃな建物で、この契羅城ちぎらき自治区では一番大きな駅である。わたしの出身地、首都東河岸しのかし方面へ行く上りと、契羅城最北端の糖ヶ原とうがはら方面へ行く下りの汽車が出ている。

 

 言うまでもないが、約三か月前、わたしは東河岸から汽車に乗ってこの駅にやって来た。

 

 平日の朝だが、構内は通勤通学の時間帯よりは少し遅いので(わたしが寝過ぎたせいで)、混雑はしていなかった。

 

 通路沿いには菓子屋や煙草たばこ屋、本屋等、数件だが小さな店舗てんぽもある。

 

 ベルウッドさんはれた足取りで窓口まで行き、胡楠駅への往復切符を二人分買った。

 

 「胡楠へ行くんですか?」

 

 「ああ、いい所だ。お前さんもきっと気に入る。観光がてら丁度ちょうどいいだろ」

 

 わたしに切符を差し出すベルウッドさんの声が、心なしかはずんでいるようにも聞こえる。

 

 そう言えば契羅城に来てから、まだ観光名所の一つも観ていなかった。

 

 だが、ベルウッドさんの目的はわたしに観光をさせるつもりではないようである。会わせたい人がいると言ったのだから。

 

 そーだ。このオッサンがそんな気のいたことをするはずがない。今回もきっと何かロクでもない魂胆こんたんがあるに違いないのだ。

 

 別にいいけど。ちゃんとした観光なら後でノエル先輩とゆっくーりしてやるつもりだから。

 

 と、わたしが一人ひそかに邪推じゃすい妄想していると、ベルウッドさんはわたしにガン助のリードを持たせ、剣の入った麻袋をわたしの肩に掛ける。

 

 「ここで待っててくれ」

 

 それだけ言い、小さな和菓子屋さん『仙丹堂せんたんどう』に入って行った。

 

 ガン助はいいとして、剣二本を背負うのはちょっと重いんですけど……?

 

 まったく、休日の朝に早々と人をジョリ起こして、何の説明もせずに出掛け、呑気のんきに和菓子を買うなんて、一体何を考えているのだろう?

 

 まだ少し眠くてイラついていたわたしは、しかめっ面で仙丹堂を見遣みやってから、行き交う人々を眺めた。

 

 皆それぞれいろいろな事情で、この駅に来ているのだろう。

 

 まあ、『事情』なんて重く大袈裟な物を抱えている人より、当たり前の日常で利用している人の方がはるかに多いかもしれない。

 

 通勤通学、出張、はたまた観光や里帰り等々。

 

 そして、今のわたしの日常はこの契羅城にある。

 

 ―――ふと……。


 下りの汽車から降りてきた人々の一人に目がまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る