今さらのプロローグ 3 予知能力もへったくれも……。

 聞かずとも、大まかな事情は把握はあくできた。

 

 先程の出張娼婦しゅっちょうしょうふミナちゃんが来る時間に、たまたまわたしがタイミング良く(?)来訪してしまった。

 

 本来、こんな紳士しんし物のコートを着たわたしを誰も娼婦とは思わないが、相手の姿が見えないベルウッドさんはわたしを娼婦と勘違かんちがいした、といったところだろう。

 

 つまり、予知能力もへったくれもなかったのだ。

 

 「どうしてくれるんだよ? 一番人気のミナちゃんと、久々に忘れられない夜を過ごせるところだったのに……。わざわざにわとり一羽つぶして照り焼きまで作ったんだぞ。お前さんのお陰で台無しだ」


 わたしが思うに、あのミナちゃんにとっては客の一人とありふれた一夜を過ごすだけのこと。どうせすぐに忘れてしまう。

 

 もちろん、今のベルウッドさんにそんなことを言えば火に油を注ぐことにもなりかねないので、余計な言及げんきゅうひかえておく。

 

 「ちゃんと名前言いましたよね? なんであの時点で確認しなかったんですか?」

 

 わたしは問いながら、ダイニングの方をチラリとのぞき込んだ。

 

 なるほど。確かに丸鶏まるどりの照り焼きと野菜のオードブルが置かれている。

 

 「ミナちゃんを希望しても、必ず来られるとは限らないだろ。一番人気で忙しいんだ。その時は違う娘でもいいって言ってあるんだよ」

 

 出張娼婦のシステムとやらはわたしには分からないので、さも当然のように説明されても理解が困難である。

 

 ミナちゃんがいていなくても、どんな娘が来てくれるのかお楽しみ♪ というワクワク感も、こういう変態オヤジにはたまらないのかな。

 

 「あーあ、もういい。お前さんみたいな小娘にすれば、俺は莫迦ばかけがらわしい人間のクズ以下のオッサンだ。好きなだけ見下せ、なじれ、ののしれ。畜生ちくしょうッ」

 

 ベルウッドさんは捨てばちになり、ソファにり返る。

 

 「……まあ、莫迦で汚らわしいとは思いますけど、他人を罵る趣味しゅみはありませんし、女遊びは自由ですが……何て言うか……」

 

 わたしはそこで一拍いっぱくほど口ごもったが、続けることにした。

 

 「……意外です。娼婦に対してもあんなにお世辞せじを並べて口説くどくんですね。お料理にしても、かなり気合いが入っているようですし」

 

 「どんな相手であれ、そこは手抜きしないのが俺の流儀りゅうぎだ。でも、俺はお世辞や出任でまかせで女性をめる軽薄けいはく野郎じゃない。いつだって本心から本気で褒めて口説いている」

 

 ベルウッドさんは無駄にえらぶって語る。


 ……って、本心から、、、、本気で、、、

 

 わたしは再び顔から火が出そうになった。

 

 気まずい沈黙ちんもくやぶるように、ベルウッドさんがわざとらしく咳払せきばらいをする。

 

 「それより何の用だ? 人を生殺なまごろしにしたからには、それ相応そうおうの用件があってのことだろ?」

 

 「そうでしたね。じゃあ、夕飯でもいただきながらお話します」

 

 「……って食うなよ! あれはミナちゃんのために作ったのに! よくそんな気になれるな」

 

 「はい。そのどぎついコロンの匂いにも少しは鼻が慣れましたので、差しつかえはありません。それに、一人で食べられる量でもないでしょうから」

 

 言うなり、わたしはベルウッドさんのうなり声を無視し、ダイニングへと移動した。

 

 図々ずうずうしいとは言うなかれ。空腹であることは否定しないが、何より食べ物を無駄にしてはばちが当たる。


 パッと見たところ、丸鶏の焼き加減も丁度良さそうで、オードブルの盛り付け方も悪くない。盲目であることを感じさせない腕前だが、ここまでできるなら、なぜシャツのボタンを二つも掛け違えるのか不思議である。

 

 ベルウッドさんは無言のまま、リビングから奥の方へと姿を消した。

 

 もしかして機嫌きげんそこねてしまったのだろうか?

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