今さらのプロローグ 4 この人自身、ちゃんと自覚があるのだ。

  すねを蹴られた上に、ミナちゃんとの掛け替えのないひと時をうばわれてしまったのだから、きっとベルウッドさんの中には悲しみといきどおりが渦巻うずまいているに違いない。

 

 などと、本当にそうだとしたら、なんて心のせまい男だろう……。

 

 なかあきれながらオードブルをつまんだ後、丸鶏まるどりを切り分けて食べ始めると、ベルウッドさんが再び奥から現れた。

 

 二十分ぐらいったので、少しは頭を冷やしたのかな?

 

 「まだ匂うか?」

 

 ベルウッドさんから予想外の質問。

 

 「は?」

 

 わたしは食事の手を止め、ベルウッドさんの姿をまじまじと見る。


 ほんのり石鹸せっけんの香りがし、シャツがこん色になっていた。やはりボタンは二つ掛け違えていたが。

 

 「もしかして、匂いを気にしてたんですか? わざわざお風呂まで入って?」

 

 「ほかに何がある?」


 ベルウッドさんは当然のように言い返してから、ガスコンロの上のなべの位置を確認し、マッチをって火を点けた。

 

 「あの……わたしがやりますか?」

 

 さすがにタダめしは気が引けるので、一応お手伝いを申し出てみる。

 

 「いいよ別に。それより用件を言ってくれ」

 

 ベルウッドさんはまだいささ不貞腐ふてくされ気味だった。

 

 「じゃあ、単刀直入たんとうちょくにゅうに言います。わたしはあなたが欲しいんです」

 

 「………」


 ベルウッドさんはお玉を持つ手を止め、見えない目をこちらに向ける。

 

 おっといけない。いくら何でも単刀直入過ぎたかな。

 

 「ここ最近、紅衣貌ウェンナックという化物が人をおそう事件があることは知っていますよね?」

 

 「最近でもないだろ。統一戦争が終わった直後からずっとだ」

 

 ベルウッドさんは安堵あんどした声で言い、また鍋へと向き直った。

 

 「わたしはその紅衣貌を退治する組織そしきアンブローズのメンバーなんです」

 

 「アンブローズか。時々ニュースで聞く名前だな。化物退治たいじの組織だったな」

 

 「はい。わたし達には、紅衣貌をやっつけることのできる特殊とくしゅな能力、練識功アストラルフォースがあります」

 

 「そいつはたのもしいことだ」

 

 完全に他人事ひとごとのように相槌あいづちを打つベルウッドさん。

 

 「わたしのセンサーが正しければ、あなたはきわめて強大な練識功を秘めています」

 

 「おことわりだ」

 

 今度は自分事だ。

 

 「ちょっと! 最後まで聞いてください!」

 

 わたしはテーブルを叩いた。


 「さっき、最初に言ったことが最後だろ。冗談じゃないよ。整体院をやって、愛犬ガン助と散歩して、年に何度か教会でママとミニコンサートを開いて、時々女の子を家に招いて夢のような一夜を過ごす。そんな清廉せいれんでつましい暮らしをできることがどれほど幸せか分かるか? 戦時中を思えば今は毎日が天国だ。どの道、全盲の俺がお前さん達の役に立つとも思えないしな」


 戦争の話を持ち出されると、戦争終結間近生まれのわたしはぐうのも返せなくなるが、『清廉でつましい暮らし』という部分には少々疑問がある。

 

 「それに、紅衣貌が人を殺した事件って、年に何件ある? ニュースを聞いてる限りじゃ、人の犯罪の方が何倍も多い。大した問題じゃないだろ」

 

 「大した問題にならないうちに対処たいしょするんです! 人と違って得体えたいの知れない化物なんですよ! いつ人類を滅亡させるか分からないんですから!」

 

 「滅亡しちまえばいいんだよ。どいつもこいつも莫迦ばっかりなんだ」


 毎日幸せに暮らしている者の台詞せりふとは思えない。

 

 ベルウッドさんはガスの火を消し、二人分の皿にポトフをよそってテーブルに置いた。

 

 わたしは一つだけ確信した。

 

 それは、ベルウッドさんが練識功に関して一切いっさい言及げんきゅう、つまり否定も肯定こうていもしなかったこと。

 

 この人自身、ちゃんと自覚があるのだ。

 

 そうなれば、最後の手段!

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