今さらのプロローグ 5 このオッサン、案外扱いやすいかもしれない。

 「分かりました。じゃあこの後、わたしミナちゃん達に、あることないことルーちゃんの悪口を言いまくってきます」

 

 「な……っ!」

 

 「その後、ママの所に行って、『息子さんにひどいことされました』って、泣きながらうったえます」

 

 「何だ、その非道ひどう脅迫きょうはくは!」

 

 ベルウッドさんは信じられないほど動揺どうようし、椅子いすあしをぶつけた。

 

 「脅迫なんかしていません。お願いしてるんです」

 

 わたしはまして答え、ポトフの中のジャガイモを食べた。

 

 丸鶏まるどりもオードブルもそうだが、美味しい。動機どうきこそ不純でも、それなりに料理も練習しているのだろう。

 

 「さっきも言ったがな、全盲の俺に何ができる? 紅衣貌ウェンナックと戦えると思うか? 自殺行為だ」

 

 「さあ……? それはどうでしょうか?」

 

 わたしは改めてダイニングとリビングをざっと見渡みわたす。

 

 「さっき、わたしがドアの前に立った時、すぐに開けましたよね?」

 

 「そんなのは足音が聞こえれば分かる。待ち人がいたんだからなおさらだ」

 

 「それだけじゃありません。見た感じ、部屋もきちんと片付いてます。料理のり付けもできています。まるで見えているように」

 

 「それがどうした? 整理整頓や料理なんて慣れれば大体できる。ママに教えてもらったしな」

 

 ベルウッドさんはしらを切り、ぶつけた脚をさすってから椅子に座る。あくまで、戦闘不可能なか弱い全盲者をえんじ抜くつもりなのだ。

 

 だが、わたしとて万策尽ばんさくつきたわけではない。

 

 テーブルにせてあったワイングラスをそっと取り、ちゅうへ放り投げた。


 その瞬間、ベルウッドさんは椅子を倒して立ち上がり、一歩踏み込んで右手を伸ばした。


 床に落ちようとしていたワイングラスを見事にキャッチ。

 

 「いきなり何てことするんだ⁉ 危ないだろ!」

 

 「これも、ママに教えてもらったんですか?」


 怒るベルウッドさんに、わたしは勝ちほこったようにたずねる。

 

 ベルウッドさんは軽く舌打ちし、キャッチしたワイングラスをテーブルに置いた。

 

 「見えてるわけじゃない。音や声の反響で分かるんだ。気配なんかもあるけどな」

 

 「ふふーん。とうとう白状しましたね」

 

 ニンマリと笑うわたし。もっとも、表情までは見えないんだった。

 

 しかし、ここまでの危険予測まで可能なのに、なんでボタンを掛け違えるんだろう?

 

 「でも、お前さん達の仲間になる気はないぞ。俺はつましく平穏に暮らしたいんだ」

 

 「じゃあ、ミナちゃんとママに……」

 

 「ああああ分かったよ! 話だけは聞いてやる!」

 

 ベルウッドさんは泣きそうな声で叫んだ。

 

 そもそも、わたしはミナちゃんの職場も知らなければ、ベルウッドさんのママとも面識はなく住まいも知らない。     

 

 この脅迫……もとい、前述した内容は実行不可能なのだ。

 

 狼狽うろたえるあまり、ベルウッドさんはそんなことにも気付かないのだろうか……?

 

 このオッサン、案外あつかいやすいかもしれない。

 

 「早いとこ、お前さんのボスに会わせろ! 一発ガツンとことわればあきらめるだろうからな」

 

 ベルウッドさんはヤケクソ気味に言い放った。

 

 「ありがとうございます。じゃあ早速、明朝オフィスへ案内します。局長に連絡しますので、電話借りますね」

 

 わたしは少しだけぶりっ子声を出し、リビングへと向かった。

 

 「あ、それから……」

 

 電話のダイヤルに指を掛けたところで、ベルウッドさんの方を振り返る。

 

 「今夜はここに泊めてください。明日の朝、ここからオフィスへ直行しますので」

 

 ポトフを食べていたベルウッドさんがき込んだ。

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