今さらのプロローグ 6 はっきり言ってむさ苦しいです。

 「紗希、いつまで寝てるんだ? 起きろ」

 

 ベルウッドさんの声がした。

 

 「いい加減、起きないとキスするぞ」

 

 あごつかまれる感覚。


 わたしは目を開けると同時に、反射的にこぶしを突き出していた。

 

 硬い感触かんしょく。ドタ、という音。

 

 「イテテ……。いきなり顔面をなぐるな! 死んじまうだろ!」

 

 「乙女のみさおうばおうとするからいけないんです!」

 

 「さっきから何回起こしても起きないからだ! ……ったく、人のベッドで悠々ゆうゆうと寝ておいて、よく言うよ」


 確かに、朝に弱いわたしでも即刻そっこく目が覚めたことは事実である。


 昨夜、ベルウッドさんはさんざん悪態あくたいれながらもソファで寝て、わたしにベッドを使わせてくれた。


 娼婦しょうふのミナちゃんが言っていたように、確かにルーちゃん優しいのかな。


 何やらご飯のける匂いがする。

 

 「朝ご飯、作ってくれたんですね。ルーちゃん優しい♥」

 

 「泣かすぞ、クソガキ」

 

 ベルウッドさんはほほを押さえながら吐き捨て、寝室を後にした。

 

 準備をしてダイニングに行くと、朝食は炊き立てご飯と目玉焼き、そして昨夜のポトフの残りだった。


 ガン助はテーブルの横で食事中だ。

 

 「そう言えばお前さん、学生か?」


 食べ始めてしばらくして、ベルウッドさんに問われた。


 「……いえ、違います」


 そっぽを向きながら答えるわたし。見えないベルウッドさんの前では意味がないのだが。


 「それよりベルウッドさん。食べ終わったら、髪を切りましょう。あと、ひげもきちんとって、小綺麗こぎれいな身なりにした方が良いです」


 「そんなに俺の見た目は小汚こぎたないのか?」


 「はっきり言ってむさ苦しいです。今の姿だとホームレスと見分けが付きません」


 「……分かった。じゃあ頼む」


 反論するのかと思いきや、ベルウッドさんはことのほか素直に応じてくれた。


 わたしは美容師ではないが、子供の頃はよく弟 雄介と床屋さんごっこをして遊んでいた。何度か失敗はしたものの、お陰でそれなりのセンスは身に付けられたつもりだ。男性の髪型なら、まあまあな仕上がりにする自信はある。

 



 髪を短く切り無精髭ぶしょうひげを剃ると、ベルウッドさんは見違えるほど清潔感のある垢抜あかぬけた姿へと変貌へんぼうした。


 ちなみに、本人たっての希望で、口髭と顎髭は少しだけ残してやった。


 この時点で初めて、わたしはこの人が三十歳前後であると知った。


 さらにこれまた本人のこだわりで、紺地こんじに白いグラフチェックのスリーピーススーツを着込んできた。勝負服なのだろう。

 

 「何だかんだ文句を言ってた割に、結構意気込いきごんでますね」

 

 でも、やはり気になるのが、白ワイシャツ、ベスト、それにジャケットとそろって、見事に掛け違えられたボタンである。

 

 わざとやってるのでは、と疑いたくなる。

 

 「ビシッと決めなきゃ相手にめられるだろ。それよりネクタイ、これでいいか?」

 

 ベルウッドさんがネクタイを差し出してきた。栗色地に細かい白の小紋柄こもんがら、まあスーツとの組み合わせも考えて、無難ぶなんだろう。

 

 「それよりまずはボタンをちゃんとしてください」


 ボタンを掛け直し、あまりさだかではないネクタイのめ方を思い出しながら、二回ほどやり直してなんとか完了した。


 「カッコいいですよ、スーツが。馬子まごにも衣裳いしょうで」


 「泣かすぞ」


 「めたんです、一応。ああ、あとついでに……」


 わたしはふとひらめき、ラックにかかっていた帽子ぼうしを取る。


 他でもない、昨夜わたしが被っていたフェルトハットだ。


 もう一つ、やはりわたしが持っていたサングラスをかけてやり、最終形態となった。

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