今さらのプロローグ 7 言ってません言ってません。

 アンブローズのオフィスは、ベルウッドさん宅の最寄もよりのバス停から約三十分バスに乗り、降りたバス停からほどほど歩いた場所にある。


 昼間でも少し治安の悪い区域エリアだが。


 統一戦争終結以来、あまり復興ふっこうも進んでおらず、当時の状態とほとんど変わっていないらしい。そのため昼夜を問わず怪しげな連中があちらこちらにいる。

 

 通り沿いにのきを連ねるのはバラック小屋ばかりで、この契羅城ちぎらき自治区最大の、いや、倭俱槌わぐつち国最大のスラム街とさえ呼ばれている。

 

 如何いかんせん、地方は都心部に比べ、復興も発展も部分的で中途半端ちゅうとはんぱということだ。

 

 「ところでベルウッドさん。なんでガン助を連れてきたんですか? わたしがちゃんと案内するのに」

 

 「いきなり側溝そっこうにでも突き落とされたらたまらないからな。俺はガン助しか信用しない」

 

 「なんでそういう被害妄想が起きるんです? せっかくおめかしさせたんですから、その苦労を無駄にするような真似まねをするわけが……」

 

 どん、がしゃん

 

 ベルウッドさんを見上げていたわたしは前方不注意となり、通行人に正面衝突しょうとつした。

 

 「おいおい、お嬢ちゃん。どこ見て歩いてんだよ?」

 

 ぶつかった相手が最悪だった。いかにもといったなり、、の、二十代前半のお兄さん。その数歩後ろに、やはり同じぐらいの年齢、雰囲気ふんいきの男性がもう一人いる。

 

 立方体りっぽうたいの物を包んだ汚いボロ布包みが地面に落ちていた。

 

 「こりゃ確実に割れたな。どうしてくれるんだ? このつぼ骨董こっとう品だぜ? 弁償べんしょうできんのか?」

 

 お兄さん達がめ寄ってくる。

 

 この二人、誰がどう見ても骨董品などを持ち歩くよそおいではない。元々の色が分からないほど汚れたシャツとズボン。この季節の格好かっこうとしてはいささか寒そうだ。

 

 もう言うまでもないが、彼らは故意こいに当たってきたのだ。

 

 「おい、旦那だんな。このお嬢ちゃんの連れか? いいスーツ着てるな。そいつをよこせば勘弁かんべべんしてやるよ」

 

 「やなこった」


 ベルウッドさんは即答そくとうした。


 「さもなきゃ、このお嬢ちゃんに体で弁償べんしょうしてもらうぜ」


 「勝手に連れて行け。せいせいするよ」


 『こら、オッサン』


 わたしと二人のお兄さんの声がそろった。


 「紗希、今オッサンって言っただろ」


 「言ってません言ってません」


 ここでベルウッドさんにへそを曲げられては困る。わたしはあわてて否定した。


 「俺は目が見えない分、人一倍地獄耳なんだ。百人が同時にしゃべっても、知ってる声を聞き分ける自信があるんだよ」


 ベルウッドさんはチンピラお兄さん達そっちのけで、今はどうでも良い能力を自慢じまんする。

 

 いや、何も知らないお兄さん達は朗報ろうほうとらえたか。

 

「何だよオッサン。見えねえのか?」

 

 お兄さんの一人が小莫迦こばかにしたように笑い、ベルウッドさんにつかみかかろうとする。


 その瞬間、ベルウッドさんの右手が動いた。


 左手でガン助のリードを持ったままほとんど姿勢を変えず、たちまちお兄さんの右手首をひねり上げてしまった。


 速い!


 「だから言ってるだろ。人一倍地獄耳なんだ。お前らの動きなんて手に取るように分かる」


 ベルウッドさんは平然と述べると、すぐにお兄さんから手を離して解放してやった。


 ガン助が鼻に獰猛どうもうしわを寄せ、うなり声を上げている。


 「こうなりゃ、この女だけでもいただいてくぜ!」


 もう一人のお兄さんが、わたしの右腕を強引に引っ張ってきた。


 わたしは練識功アストラルフォースで両腕の強度と筋力を増強させると、お兄さんのひじ辺りに手刀しゅとうたたき込んだ。


 おそらく、大ハンマーで思い切りなぐる程度の破壊力はある。

 

 にぶい音を発し、お兄さんの腕があり得ない曲がり方をした。

 

 「ぎゃあああ!」

 

 断末魔だんまつまのような絶叫。


 ちょっと可哀想かわいそうだったかな。

 

 二人のチンピラお兄さんは、商売道具のボロ布包みを放置したまま、つんのめりながら走り去って行った。

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