今さらのプロローグ 9 でしたら、もうお会いしてるけど?

 「ガン助が失礼した。軍曹……ってことは、あんたが局長か」

 

 「あー悪いがな、ええと……ルーサーとかいったな。俺は局長じゃない。俺は将方豪士まつかたごうし。皆には勝手に軍曹とか呼ばれているが、まあ好きに呼んでくれ。とりあえず座れ」

 

 軍曹はベルウッドさんの肩を軽く叩き、ソファに誘導ゆうどうした。


 ベルウッドさんは不服ふふくそうに口をへの字に曲げたものの、だまってソファに腰を下ろした。

 

 その隣にガン助もお座りしたが、なおも落ち着きなく軍曹を見上げていた。

 

 「局長は?」

 

 「ああ、今電話中でな。そろそろ終わると思う」

 

 軍曹が答えるのと同時に、奥のドアが開いた。

 

 ベストタイミング。局長だった。

 

 「お待たせしてごめんなさい。あなたが昨夜紗希が話していたルーサー・頼悟らいご・ベルウッドさんで間違いないかしら?」

 

 「お目にかかれて光栄です。あなたのような素敵な女性にお会いできるのを心待ちにしておりました。どうかルーサーとお呼びください」

 

 うわ、このオッサン。コロッと態度たいどを変えやがった。


 帽子ぼうしを取って机に置くと、一礼しながらちゃっかり右手を握り、こうにキスまでしている。

 

 わたしを含め、一同は呆気あっけに取られてしまった。

 

 「あなたととっくりとかたり合いたいのは山々ですが、その前に、御社おんしゃの局長殿に会わせていただきたい」

 

 「でしたら、もうお会いしてるけど?」

 

 「え?」

 

 ベルウッドさんは手を握ったまま、かなり間の抜けた声を上げる。

 

 「わたしがここアンブローズ契羅城ちぎらき支局の局長、神楽坂かぐらざか静香よ。まあアンブローズの支局は国内でここだけなんだけど。よろしく、ルーサー」

 

 局長は両手でベルウッドさんの手を軽く握り返してから離した。

 

 「ん……ああ」

 

 ここへ来る前のいきおいはどこへやら、ベルウッドさんは気の抜けた炭酸飲料のようにキレを失ってしまった。

 

 「じゃあとりあえず、ルーサー、適正を見せてもらおうか」

 

 「? テキセイ?」

 

 威勢いせいえたベルウッドさんは、いささたよりない声で軍曹に問い返す。

 

 「軽く俺と手合わせをしてくれ。実力を見たいんだ」

 

 「手合わせって……俺はこの通り目が見えない。何もできやしないさ」

 

 「何もできない奴を、紗希がわざわざ連れてくるわけはない」

 

 軍曹のこの台詞、かなり嬉しい。

 

 戦力面ではまだまだ未熟であるわたしだが、練識功アストラルフォースを感知する能力に関しては認めてくれているのだから。

 

 「でも、俺は……」


 ベルウッドさんは言いかけたが、言葉をみ込んでしまった。


 そう。局長ボスに直接会って、一発ガツンとことわってやるつもりで来たのだが、いざ会ったら言えなくなってしまった。

 

 理由は簡単。その局長が女性だから。

 

 このオッサン、どれだけ助平なんだろう?

 

 「いや……何でもない。早いとこ始めてくれ」

 

 ベルウッドさんはばつが悪そうに答えた。

 

 「じゃあ、演習室に案内するわ。ついでに、一通り部屋も見せて……じゃなくて、説明しておくから」

 

 局長は安堵あんどし、奥へと歩き出した。

 

 数歩後ろを、ガン助をともなったベルウッドさんとわたしが行き、そのまた少し後ろを軍曹とノエル先輩が続いた。

 

 「気が進まないですか?」

 

 ベルウッドさんの吐息といきを聞き逃さず、わたしは他の皆に聞こえないように小声で問い掛けた。

 

 「んー、まあ、それもあるけど……局長、既婚きこん者だったんだな」

 

 年中無休欲情オヤジ。

 

 ちょっとでも心配してやったわたしの優しさを返せ。

 

 局長の手をしっかり握っていた時、そんなことをさぐっていたとは。

 

 ベルウッドさんを本気で張り倒したい衝動しょうどうられた時、数歩後ろを歩く軍曹とノエル先輩が軽く吹き出した。

 

 どうやら聞こえてしまったようだ。前を行く局長はノーリアクションだが、聞こえないふりをしているだけかもしれない。

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