今さらのプロローグ 10 まずは正拳突きで……。

 わたしは恥ずかしくなり少し赤面しながら(わたしが恥ずかしがることではないのだが)、ベルウッドさんをにらんだが、当の本人はどこ吹く風。羞恥心しゅうちしんはないのだろうか?

 

 局長は廊下を進み、執務室しつむしつ(主に局長が仕事をする部屋)、医務室いむしつ休憩室きゅうけいしつ(八畳の和室である)、資材倉庫(制服と日用雑貨が保管されており、ロッカールームも兼ねている)と、順番にベルウッドさんに説明した。

 

 ちなみに、給湯きゅうとう室とトイレは談話室サロンの一角にある。剣を保管してある武器倉庫は執務室の奥で、扉の錠前じょうまえの番号は局長しか知らない。

 

 外観の割りに建物内は広く、居住するにも決して悪くはない。一歩外へ出ればスラム街なので立地りっちは悪いが、局長いわく、家賃が安いから仕方なくここをオフィスにしている、とか。

 

 突き当りのドアを開け、オフィスの入り口よりももっと段数の多いせまい下り階段。

 

 やはり念のために見ると、ガン助がベルウッドさんを絶妙ぜつみょうに先導していた。

 

 なんて利口な犬だろう……。

 

 階段を下り切ったところで広い空間に出た。大まかだが、テニスコート十面分程度の長方形空間といったところ。

 

 床も壁も天井も灰色のコンクリート製で柱も窓もなく、換気かんき用ダクトがあるのみ。

 

 「何だ、ここは?」

 

 音の反響具合におどろいたのか、ベルウッドさんはまた頭を左右にかたむけた。

 

 「ここが演習室よ」

 

 と、局長。

 

 「ところでルーサー、さっきから気になってたんだがな、今から少しばかり暴れることになる。動きやすい格好になった方がいい」

 

 軍曹が言って、脱いだ上着を簡単にたたんでベンチに置いた。


 そう言えば、適性検査のことを考慮こうりょしていなかった。こんなおめかしをさせるんじゃなかった。

 

 「期待してるわ、ルーサー」

 

 局長が言うと、ベルウッドさんはそこはかとなく微笑ほほえみ、ジャケットとベストのボタンをはずし、ネクタイもほどき取り、まとめてわたしへ放りわたした。

 

 「わっ! ちょっと、いきなり何するんです!」

 

 「局長レディを待たせるのは失礼だからな」


 じゃあ、レディに服を投げ付ける行為はどうなのだ? 


 それより、服に触れて今さら気付いたのだが、昨夜ほどコロンの匂いが利いていない。昨夜は鼻の粘膜ねんまくがヒリ付かんばかりの刺激しげき臭だったのだが。

 

 「じゃあ、始めるわよ。首から上と、あと体の中心への攻撃は禁止」

 

 「防具プロテクターはないのか?」

 

 「あってもほとんど役には立たんだろ」


 軍曹の言う通りである。

 

 練識功アストラルフォースを使えば肉体強度を上げることはもちろん、筋力増強も可能なので、分厚ぶあつい鋼鉄製の装甲そうこうでもない限り、造作ぞうさもなく破壊してしまうことだろう。

 

 ちなみに、わたしが適性検査を受けた際は防具を使用した。軍曹は装備無しだったが、ド素人しろうとのわたしがけちょんけちょんにやられたことは言うまでもない。

 

 なぜこんなわたしが採用されたのか、後に局長と軍曹が話してくれた、


 実力を見たかったわけではない。本当に練識功の保持者なのかどうかと、あと何よりもやる気を見たかっただけだ、と。


 練識功の保持者であれば、いかに未熟でも、努力次第で腕を上げることは可能なのだから。

 

 「それもそうか」

 

 ベルウッドさんは肩をすくめ、軍曹と共に演習室の真ん中へと向かった。


 互いに身構みがまえて数秒後、

 

 「俺は見えないんでね。そっちから仕掛けてくれ」

 

 ベルウッドさんが軍曹に向かって手まねきする。


 それに応えて軍曹が床をると、鋭くかたい音が反響した。


 さすが軍曹。の身体能力だけで瞬時しゅんじに間合いを詰めてしまった。


 まずは正拳せいけん突きで相手の動きを見る、という魂胆こんたんだろう。


 ベルウッドさんは右足を引いて左手で軍曹の正拳を払う。


 続いて軍曹から左フック。


 これもベルウッドさんは左足を引いて右手で払った。


 今度は軍曹から右足でローキック。


 ベルウッドさんは左脚を腰の高さまで曲げて受け止めた。


 軍曹からのそんなウォーミングアップ程度のパンチ、キックがしばらく続き、ベルウッドさんは全てかわし受け止めていた。

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