第三章 5 あまりしゃちほこ張るな。

 翌朝、めずらしく自然に早起きできた。

 

 緊張してあまり眠れなかったが、今のところ眠くはない。

 

 東の空が紫色になり始めた早朝、軍曹とわたしは伊太池いたいけさんが運転するバンに揺られていた。

 

 糖ヶ原とうがはら村まで片道約二時間。村から雪上車に乗り換えて、狐魑魅こすだま渓谷付近までさらに一時間半。それから雪道を徒歩で進んで、渓谷内で待機たいきする特殊部隊と合流し、アポカリプスのアジトへ突撃する計画だ。

 

 徒歩での移動時間に関しては、現地の天候によってある程度左右されるとのこと。

 

 移動だけでくたびれてしまいそうである。

 

 まだ町は眠っており、唯一ゆいいつ見かけた通行人といえば新聞配達員のみ。

 

 「あまりしゃちほこるな、紗希。今のお前さんの実力なら十分過ぎるぐらいなんだ。三日で終わらせて、あとの二日は糖ヶ原の秘湯ひとうにでも入るつもりでいればいい」

 

 軍曹が冗談半分に言った。

 

 きっと、わたしの顔がかなり強張こわばっているのだろう。

 

 「もちろん緊張感を持つことも必要だが、過ぎればかせになる」

 

 「私も理解できますよ。アンブローズさんとのお仕事、今回が初めてですし、実は私もすごく緊張しています」

 

 運転する伊太池さんが、ルームミラーしにチラリとこちらを見て入ってきた。


 「それが普通だ。緊張も恐怖も感じない戦闘狂せんとうきょうが異常なんだ」

 

 軍曹は自虐じぎゃく的に吐いた。

 

 傭兵ようへい時代はあちこち戦場を渡り歩いて来たのだ。いろいろと暗黒歴史をかかえているのだろう。統一戦争以前は世界中で紛争ふんそうえなかったのだから。

 

 それは戦争も戦場も知らないわたしにとっては、想像をぜっするほどの激烈げきれつな体験だったに違いない。感情を麻痺まひさせなければ正気しょうきたもてない状況もあったことだろう。

 

 それでも、普段ふだんせっしている軍曹は普通の人だ。とても戦闘狂には見えない。

 

 「紗希、お前さんを見てると、昔の局長を思い出すよ」

 

 唐突とうとつに妙なことを言うものだ。

 

 局長はわたしにとって理想の大人の女性だし、め言葉と覚えて喜んでおきたい。

 

 「かしこくて根性こんじょうもあるが頑固がんこなところもあって、時々先走って空回からまわる。ちょっとあぶなっかしい」

 

 あまり褒められていなかった。

 

 「そんなふうには見えませんけど?」

 

 「今はずいぶん落ち着いたよ。……まあ、俺もだけどな」

 

 軍曹は遠い目で窓の外をながめた。

 

 「統一戦争が終わって、戦地から一年かけてやっとの思いで帰ってくれば、町はまだ瓦礫がれきだらけで滅茶苦茶めちゃくちゃ。妻も息子も行方不明。あんな状況で行方不明ってのは死亡と一緒だ。遺体が見つからないだけでな」

 


 

 シラールスタンの中心都市ノスコーで爆破テロが起きたことで争いが勃発ぼっぱつして、やがてウェーゲナー大陸のほぼ東半分を巻き込む大戦となり、大陸から東に位置する島国の倭倶槌わぐつち国にまで飛び火した。

 

 八年後、シラールスタンの王が自殺したことで戦争は終結した。その国にやとわれていた軍曹は、他の兵士達と共にまだ前線ぜんせんで戦っていたというのに。

 

 王の自殺の原因は謎だが、大戦にまで発展してしまった重責じゅうせきえ兼ねたとか、実は暗殺されたのだとか、現在でも様々な憶測おくそくささやかれている。

 

 矛盾、軋轢あつれき、対立を残しながらも、うばい合い殺し合う時代は終わった。

 

 人々は争うことに疲弊ひへいし切っている。しばらく戦争は起きないだろう。


 戦場しか知らない軍曹は行き場を失った。それでも故郷で家族が待っている。これからは家族と一緒に生きていこうと心に決めた。

 

 しかし、そんな最後のり所だった家族が行方不明と知り、軍曹は完全に自暴自棄じぼうじきになってしまった。これまで家族をかえりみず戦いにかまけてきたことを後悔したが、もう後の祭りである。

 

 バラックの飲み屋で浴びるほど酒を飲み、道を歩けば肩がぶつかった何だと通りすがりの者に因縁いんねんを付け、はたまた道端みちばらで客引きをする娼婦しょうふを手近のからボロ小屋に連れ込み、子供の小遣こづかいにもならない金で一晩過ごしたりもした。

 

 そんなすさんだ生活を約一年間続け、ある夏の晩、徐々じょじょ復興ふっこうきざしが現れてきた町で、ある人物が目にまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る