第一章 7 そんなんじゃ、ないです。体だけの関係ですから。

 「実はこの前、軍曹が何か薬を飲んでいるのを見たんだ。ただの血圧の薬だって、笑いながら言ってたけど……あれって、本当に血圧の薬だったのかな?」

 

 「顔色が悪い時もありますし、なんか心配ですね」

 

 わたしはうつむき、水を一口飲んだ。

 

 のどかわいているはずなのだが、水すら喉を通らなくなりそうだ。

 

 わたしの相棒をベルウッドさんに引きごうとしているのも、やはり何らかの体調不良のせいなのだろうか? てっきり、わたしのあまりの不甲斐ふがいなさにあきれてしまったのかと本気で不安になっていたが……。

 

 いや、病気なんかよりは、むしろ後者こうしゃの方が百倍はマシだ。

 

 「後で、それとなく軍曹にいてみるよ」

 

 ノエル先輩はつとめて明るい声で言い、コップの水を飲みした。

 

 「それとさ、紗希ちゃん。これも僕が個人的に勝手に気掛かりなだけだから……その……気を悪くしないでほしいんだけど……」

 

 打って変わって歯切れが悪い調子になり、少し間を置いてから続ける。

 

 「ベルウッドさんとは……何でもないよね?」

 

 ぐぼっ!

 

 コップをかたむけていたわたしは、ほんのわずかな水であやう溺死できししかけた。

 

 特段とくだんあわてることも困ることもないのだが、やはりノエル先輩にだけはれられたくない部分だった。。

 

 「なななな何でもないに……決まってます!」

 

 わたしは無意味に動揺どうようしながら答え、き込んだ。

 

 ちなみに今日、当のベルウッドさんは局長とパトロールに出掛けている。

 

 「ご、ごめん。変なこと訊いて」

 

 ノエル先輩はわたしの背中をさすってくれて、遠慮えんりょがちにいだ。

 

 「ただ、なんか……ここのところ、ますます仲良しになってきたように見えて、何て言うか……」

 

 「そ、それは仮の相棒同士としては上手く行ってますけど……」

 

 わたしのむせびもやっと収まってきたが、なぜかまだ気持ちはあせっている。

 

 「よく施術せじゅつもしてもらってるようだし……あ、もちろんあれが紗希ちゃんの体のためになることは知ってる。だけど、あんなに体に触れる関係って……僕の考えが古いだけなのかもしれないけど、普通じゃないかなって……」

 

 ノエル先輩の手はまだわたしの背中を擦っている。

 

 「そんなんじゃ、ないです。体だけの関係ですから」

 

 ああ、違う違う! 何を口走ってる、わたし? 落ち着け!

 

 「……じゃなくて! 要するに、あれはただのアフターケアでしかないんです。本当に!」

 

 説得力のある言い回しが浮かばない。

 

 「局長命令とは言っても、同居してるんだよね。何も……ないの?」

 

 ずいぶんと根掘り葉掘り大胆に訊いてくるものだ。

 でも嬉しい♥ ノエル先輩がここまでわたしを気にかけてくれているなんて♪

 

 ベルウッドさんと同居しているのは、ノエル先輩が言うように局長命令だからでもある。

 

 元々わたしはこの契羅城ちぎらき自治区出身ではなく、ここから百キロ以上南にある東河岸しのかし自治区出身なのだ。契羅城にアンブローズの支局があるという情報を聞いてやって来たのである。

 

 ほぼ家出同然で来てしまったが、それは一身上の都合諸々もろもろで……。

 

 アパートを借りるにも手頃てごろな場所に空きがなく、残る場所は目抜めぬき通り沿いの高級マンションかホテル、あとは治安がすこぶる悪いスラム街のど真ん中にあるバラックアパート。前者は高額過ぎることは言うまでもなく、後者もさすが住みたくはない。ドアに鍵があるかどうかも分からない部屋ばかりなので。    

 

 だからと言って、妹さん、甥っ子さんと暮らしている局長宅に居候いそうろうするのも申し訳ない。

 

 そんな訳で、とりあえずこのオフィスで寝泊まりしていたのだが、やはり仕事場なので何かと邪魔し邪魔されることもしばしば。それを抜きにしても、この周辺も夜間は怪しい連中がうろつくことも多く、可憐かれんな美少女が一人でいるのはあまりこのましくない。

 

 しばらくしてベルウッドさんがメンバーとなり、盲目では生活にいろいろと不便もあるだろうということで、局長が宿無やどなしのわたしを世話役も兼ねてベルウッドさん宅に住まわせたのである。

 

 もちろんだんじて神にちかって、ノエル先輩が心配しているような事は一切いっさいない。空いていた屋根裏部屋を少し掃除そうじしてわたしの寝室にしているし、微々びびたるがくだがちゃんと家賃も払っている。下宿げしゅくをしているようなものなのだ。

 

 「僕から見ても、ベルウッドさんってカッコいいから……」

 

 「カッコいいですか、あんなオッサンが?」

 

 初めて会った時のベルウッドさんの風貌ふうぼうを知っているわたしは、間髪かんぱつ入れずに突っ込んでしまった。

 

 見えないためなのか、髪もひげもボサボサだった。下宿をするようになってからは、毎日わたしがお手入れをしてやっているのだ。仕方なく。

 

 まあ、料理や整理整頓はベルウッドさんの方がはるかに上手できちんとできるので、あまり文句は言えないが。

 

 突然、ノエル先輩の手がわたしの手を握り、指を絡ませてきた。

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