第一章 8 ベッドの横に見知らぬ人物が立っていた。

 わたしの心臓がはじけそうになる。

 

 ……って言うか、背中にずっと片手を当てられたままだった。

 

 「紗希ちゃん、すご可愛かわいいし……」

 

 「ゑっ……?」

 

 自分がどんな表情で、どんな声を発していたのか、後に思い出せないほど緊張きんちょう絶頂ぜっちょうたっしてしまった。

 

 ただ、顔面が熱いので、真っ赤になっていたと思う。

 

 「僕がベルウッドさんの立場だったら、きっと放って置けないと思うんだ」

 

 これって、遠回しに告白されてるのかな?

 

 何か答えないと……何か……!

 

 「ああ、ほ、ほら、でも……ベルウッドさん目が見えないし……わたしがどんな顔かなんて分からないです。たとえわたしが全裸ぜんらで目の前にいても平然としてますよ」

 

 もちろん、ベルウッドさんの前で全裸になったことはない。

 

 いや、そうじゃなくて、なんかわたし血迷ったこと言ってる? 正常な思考が困難。

 

 「も、もしもの話ですから、これ! ホントに!」

 

 「紗希ちゃんて面白いね」

 

 わたしの土壇場どたんば応対にウケたらしく、ノエル先輩は可笑おかしそうに笑った。

 

 少なくとも、変な奴だとか敬遠けいえんはされていないようで、一安心である。

 

 「今度、都合がいい時、どこかで食事でもどうかな? 紗希ちゃんと話してると楽しいんだ。……あ、紗希ちゃんさえ良ければ、だけど……」

 

 キタアー!!! 食事のお誘い!

 

 やっぱりノエル先輩ステキな紳士♪ 手は握ってきたけど、いきなり襲い掛かってくる軽佻けいちょうな男性ではないのだ。

 

 わたしはときめき最高潮だった。

 

 最高潮のあまり、なかなか声帯せいたい機能きのうしてくれなかった。

 

 「……えっと……は、はい、もちろん……」

 

 やっとのことでわたしが声をしぼり出した時、ガチャっとドアを開ける音がした。

 

 軍曹が戻って来たのだ。

 

 わたしとノエル先輩はなぜかあわててしまい、反射的にベンチから飛び退いた。


              ❁     ❁     ❁


 あれは一体何歳の時だったのか、明確には覚えていないが、物心ものごころが付いた頃だろう。

 

 夜中、理由も分からず目が覚めると、ベッドの横に見知らぬ人物が立っていた。

 

 顔はよく覚えていないが、男性とも女性とも付かない中性的な風貌ふうぼうで、年齢もこれまたさだかではなく、見方みかたによっては子供とも大人とも老人とも取れる。

 

 奇妙なことに、その人物は全身が青緑色だった。それは身にまとっているローブだけではなく、目も肌も髪も、文字通り全身くまなく、である。

 

 けれども、これまた奇妙なことに、夢現ゆめうつつの状態だったためか、わたしは少しも恐怖を感じなかった。

 

 むしろしたしみを覚えた。自分でも理解できないなつかしさすらいだいた。

 

 青緑色の人物が微笑ほほえみ(表情さえも明確ではなかったが、そう見えた)、わたしの頭に手をかざした。

 

 その瞬間、一陣いちじんの風が全身を吹き抜けた。

 

 厳密げんみつには、そんな感覚におちいった。

 

 でも不快ではない。まるで大自然の息吹いぶきを感じさせるような、精気せいきに満ちた爽快そうかいな風。

 

 精神も全身の細胞も歓喜かんきと感激にあふれ、美しくんだ歌声をかなでているようだった。感極かんきわまって涙を流したほどだ。

 

 何度思い返してみても、なぜあの時あれほどの幸福感がき起こったのか、どうしても分からない。

 

 そして、あの時からだった。不思議な力、練識功アストラルフォース宿やどったのは。

 

 果たして何のための力なのか、その時のわたしには知るよしもなかった。

 

 しかし、誰に教えられたわけでもなく、これは自分勝手な都合で使用してはいけない能力なのだと認識していた。なので、みだりに物を破壊したり誰かを傷付けたりしてやろうという性悪しょうあくな考えを起こすことはなかった。

 

 あるいは、わたし自身が気付いていないだけで、あの青緑色の人物がわたしの意識にそう働きかけたのかもしれない。

 

 翌日、パパに話した。

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