第三章 12 ないなら、作るまでだ。

 【⚠ このエピソードには残酷描写があります ⚠】


 

 軍曹は紅衣貌ウェンナック一瞥いちべつし、また男に視線を戻す。

 

 「……で、このみにくい御神体に俺達を喰わせて、何か御利益ごりやくがあるのか?」

 

 「練識功アストラルフォースの保持者の血肉を取り入れることで、我らが御神体の御力おちからは完全なものとなる。我々が丹精たんせい込めて作り上げた御神体の、君達は最後のパーツだ。最期の肉の一片、血の一滴、そして断末魔だんまつままでも」

 

 作り上げた、、、、、御神体って……? そんなものをあがめて、この人達何が楽しいんだろう? それに、紅衣貌って人工的に作れるのだろうか? そうだとしたら、わざわざこんな気持ち悪い姿に仕上げた彼らの美的センスは破綻はたんしている。

 

 第一、わたし達を喰わせたところで、この人面蛇じんめんへびに練識功がそなわるとも思えない。

 

 だが合点がてんが行った。伊太池いたいけさん、ナヒトが、なぜわたし達のうちの『一人』にこだわったのか。

 

 それは、怪物に喰わせるのは一人で十分だったからである。たとえここが練識功発動不可の場所であっても、複数で来られようものなら、彼らにとっては少々面倒めんどうでもあっただろう。

 

 そもそも、オフィスで仕事を依頼いらいした時点から、わたし達が総出そうでおもむくことなど望んでもいなければ期待もしていなかったのだ。その上で後から『一人だけ』と持ち掛けた。

 

 あの時、すでにナヒトの策略さくりゃく通りになっていたとは、実に腹立たしい。

 

 こうして大勢の松明たいまつの灯りの下、生きたままのわたし達を御神体に喰らわせる。実質的に御利益はないと思うが、いわゆる神聖な儀式ぎしきのつもりなのだろう。

 

 ただ殺すつもりなら、わたし達を途中で突き落とせば済むのだから。

 

 「悪趣味あくしゅみだな。そんな胸糞むなくそ悪いイベントに付き合う気はない。紗希、帰ろう」

 

 「帰ろうって……逃げ道がないですよ?」

 

 当然のように言ってきた軍曹に、わたしは小声で問い返す。

 

 紅衣貌の後ろにかなり広い通路らしきものは見えるが、行くとしたらこの怪物のすぐわきを突っ切る以外に手はない。どこへ通じているのかも不明で、しかも鉄格子てつごうしの扉でふさがれている。そんな通路を、わざわざ危険をおかしてまで逃げ道にするのは骨頂こっちょうである。

 

 人面蛇が頭をもたげ、人ひとり丸呑まるのみできるほどの大口で、牙をき出しせまって来た。

 

 いくら何でも、練識功無しでは太刀打たちうちできない。わたしは死を覚悟した。

 

 その瞬間、軍曹がんだ。

 

 人面蛇が頭を低くした刹那せつなねらい、振り被った剣にいきおいとスピードと渾身こんしんの力を乗せて振り下ろす。

 

 ぐしゃあ、と水っぽく不快な音。

 

 軍曹の剣はものの見事に人面蛇の頭をたたき割っていた。

 

 練識功無しの、の力だけでこの膂力りょりょく⁉ 信じられない。

 

 「知ってるよ」

 

 答えた軍曹の形相ぎょうそうが、今にも狼男に変身しそうなほど獰猛どうもうになった。

 

 色めき立つアポカリプスの信者達。


 「ないなら、作るまでだ」

 

 軍曹は剣を振り、付着した人面蛇の脳漿のうしょうを先程の男の方へと投げ付けた。

 

 見せしめとしては効果絶大。お陰で(?)わたしも体の硬直こうちょくけた。

 

 ビキキキキ、と生々しい音を立てながら、なんと人面蛇の頭が再生してゆく。

 

 再生する紅衣貌⁉ それもこんなに早く。

 

 もちろん、悠長ゆうちょうに再生完了まで観察しているつもりはない。

 

 「莫迦ばかな! 練識功が使えないはずなのに!」

 

 脳漿を浴びせられた男も動揺をあらわにしていた。

 

 練識功が発動できない原因を知りたいが、彼らがいちいちご丁寧ていねいに説明してくれるはずもないだろう。こちらとしても、そこまでの時間的余裕は持てない。この人面蛇、再生を終えればきっとまた動き出す。

 

 「全力でついてこい」

 

 言い放った軍曹はわたしが返事をするより早く、ダン! と地をる。

 

 まさか、この激長螺旋らせん階段をけ上げるつもり? しかも、敵が大勢いるのに。

 

 軍曹の作戦を知るよしもなく、わたしも遅れまいと後を追った。

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