第三章 13 まだっ、走れる!

 【⚠ このエピソードには残酷描写があります ⚠】


 「たった二人でこの人数を……!」

 

 ざしゅっ!

 

 そしりかけた脳漿塗のうしょうまみれの男を、軍曹は有無うむを言わせず袈裟掛けさがけにはじいた。

 

 軍曹のすぐ後ろを走るわたしの横を男の胴体と血飛沫ちしぶきが通り過ぎる。

 

 次に立つ信者もさけいとますら与えられずぎ払われ、上半身と下半身に真っ二つ。

 

 迷いも恐れもためらいも、もちろん情け容赦ようしゃもない太刀捌たちさばき。

 

 軍曹はダッシュの勢いを殺すどころかさらに加速し、三番目の信者の胸に剣を突き刺して、そのまま四番目の脳天目掛けて叩き付けた。

 

 後ろにいるわたしにも剣風けんぷうが感じられる。相手をぼろきれのように裂き散らし巻き上げる様は、まるで竜巻のようだった。

 

 人間わざではない。味方であるわたしでさえドン引きしてしまう。これは戦闘狂と言うより、もはや一切の感情を抱かない殺人機械キリング・マシーンである。

 

 まさしく血の嵐。人の体の一部と返り血が飛んで来る中、わたしはパニック寸前の頭の中には取り合わず、必死に軍曹について行った。

 

 狂った闘牛よろしく突っ込んで来る軍曹に恐れをなし、信者達のほとんどはみ止まるより逃げる方を選択していた。

 

 最寄もよりの小さな通風孔へと押し合いへし合い殺到さっとうするが、もちろん一度に全員が入れるわけもなく、軍曹の剣に斬り散らされる者、恐怖のあまり飛び降りる者、階段を上って逃げようとする者と様々だった。

 

 彼らの悲鳴と発狂はっきょうに混じり数回の銃声がひびいた。

 

 なぜ拳銃なんて持っている? 規制きせいきびしくて簡単に入手できないはずないのに。

 

 軍曹から息切れとは違う短く小さなうめき声がれる。おそらく銃弾じゅうだんを受けてしまった。

 

 しかし軍曹のスピードは落ちない。

 

 再び数回の発砲はっぽう

 

 その直後、左上腕に激痛がしょうじた。

 

 何てことだろう。わたしまでたれてしまった。

 

 でも足を止めるわけには行かない。せっかく軍曹が決死行けっしこうをかましてくれているのだから、何が何でも脱出するのだ。

 

 それから銃声は聞こえなくなり、代わりにななめ上方から矢が飛んできた。ボーガンである。

 

 もう飛び道具は勘弁かんべんしてほしい。

 

 まとめて十本ぐらいずつ飛んで来る。可能なかぎり剣ではじくが、全部の対処たいしょは無理だった。

 

 一本が鼻をかすめ、一本が右太腿ふとももに刺さった。

 

 まだっ、走れる!

 

 わたしは歯を食いしばり、軍曹の背中を追った。

 

 軍曹の肩や脚にも数本の矢が突き立っている。

 

 持ちこたえられるだろうか? これ以上の矢を受けたら……という危惧きぐいだく。

 

 見上げれば、上の出口まであと二周のあたりに来ていた。ここまでの持久力じきゅうりょくを付けてくれたドSのベルウッドさんに少しだけ感謝!


 でもリアル鬼ごっこは二度とやりたくない。

 

 底の方から複数の悶絶もんぜつする声が聞こえる。身投げして死に切れなかった信者達が、あの人面蛇の餌食えじきになっているのだろう。

 

 松明たいまつを持つ人が減ったせいでかなり暗くなってしまったが、足元と行き先は確認できる。

 

 なおも階段に立ちはだかろうとする数少ない命知らずがおり、あえなく軍曹の剣にほふられた。

 

 やっとこ上に辿たどり着き、通路に飛び込む。

 

 ……って、ここありの巣みたいに分かれ道がいっぱいあったんだった。道覚えてないし!

 

 そんなわたしのひそかな絶望など露知つゆしらず、軍曹は迷わず走り続けていた。

 

 いつの間にか懐中かいちゅう電灯まで取り出してるし、仕事が早過ぎる。

 

 「道、覚えてるんですか?」

 

 わたしは後ろを確認しながらたずねる。

 

 「念のため、覚えておいた。たぶん、出られる」

 

 軍曹はかなり息を切らして答えた。

 

 念のためって……記憶できるのが信じられないんですけど?

 

 しかし、わたしもすで相当そうとう息が上がっており、もはや気合きあいと根性こんじょうだけで走っていたので、感心やうたがいの言葉をはっす余裕がない。

 

 さいわいなことに、あの円筒えんとう形の空間を抜けてからは、前からも後ろからも追手おっては一人も現れなかった。

 

 それはそれで不気味だが、わなであろうと何だろうと、今はとにかく脱出に専念せんねんするのが賢明けんめいだ。

 

 軍曹の記憶を信じて走り続け、う這うのていで外に出ることができた。

 

 ああ、奇跡だ。すでに日は落ち、びゅうびゅうと吹雪ふぶいていたが、松明でライトアップされたこの狐魑魅こすだま渓谷のおどろおどろしい地蔵じぞうロードでさえ、今のわたし達の目には希望に満ちた生還せいかんへの道にうつる。

 

 近くに人の気配けはいはなかったので、少し走るペースを落としたが、渓谷の半ばまで進んだところで軍曹が立ち止まり、地面に片膝かたひざを突いて項垂うなだれた。

 

 矢が三本も突き立った肩を上下させ、ゼエゼエと荒く息を切らしている。

 

 無理もない。わたしも心臓と肺が限界だった。あの螺旋らせん階段の半分を過ぎた辺りから、気力が体力の割合をまさっていた。

 

 いや、それにしても、軍曹の様子がおかしい。ただの息切れではない。激しくき込み始めている。銃弾と矢をわたしよりも多く受けている分、きっとダメージも大きい。もしや弾丸か矢が肺に達してしまったのだろうか?

 

 「軍曹、大丈夫で……?」


 びしゃっ

 

 返答は吐血とけつだった。

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