エピローグ 2 戦争なんてやるもんじゃない。

 「人を殺し過ぎた。特に傭兵ようへい時代は、何て言うか……かなりひどいこともしてきた」


 軍曹ぐんそうの瞳に、表情に、そして声色こわいろにも、計り知れない慙愧ざんきの念が溢れていた。


 隣にいるわたしまで胸が苦しくなるほどに。


 「でも……戦争だったんですよね。殺すか殺されるかの状況で……狐魑魅こすだま渓谷から脱出した時みたいに……」


 「それならまだ弁解の余地もあるだろうがな……」


 軍曹は苦々にがにがしい面持ちでうつむき、言葉をぐ。


 「人生で最悪の黒歴史だ。お前さんには知られたくないことばかりだよ」


 そう言われると、知りたい反面、聞くのが恐くもなる。

 

 ふと、ナヒトの戯言ざれごとを思い出した。

 

 まさかとは思うが……戦場以外でも殺しを……?

 

 この先はご想像にお任せする、とか無責任な締め方をされそう。

 

 「長年傭兵ようへいをやってきた分際ぶんざいで言わせてもらえば、戦争なんてやるもんじゃない」

 

 長年傭兵を経験してきたからこそ、説得力もある。


 「兵士も民間人も関係ない。男も女も子供も年寄りも動物さえも、無差別に大勢殺される。その個々が、どこにも代わりのいない固有の存在だ。そのとうとい命が簡単にうばわれる。無抵抗のまま拷問ごうもんされ、なぶり殺しにもう。人間のすることじゃない。ケダモノだ。そんな例えをしたら、ケダモノから苦情が出るかもしれない。あれこそ地獄だよ」

 

 そこまで話すと、軍曹は顔を上げ、わたしを見返した。

 

 「あとはご想像にお任せする」

 

 やっぱりそう来たか。


 でも、知られたくない反面、少しは伝えておきたかったのかな。わたしにドン引きされたり、軽蔑けいべつされたりしない程度に。

 

 「軍曹も一緒に戻ってください。わたし達には……特に局長には、これからも軍曹が必要なんです」


 「もう俺がいなくても、局長は大丈夫だろ。優秀で頼れる部下達がいるんだ」


 軍曹の表情はほんのり悲しげだったが、未練は感じられなかった。

 

 「それに、俺はもう満足だ。思い残すことはない。あんないい女の腕の中で至福の最期を迎えられたんだからな」


 なんか、ベルウッドさんみたいなチョイエロ発言。らしくないなぁ。


「でも、お前さんはまだ死んじゃいけない。これからも、あいつの傍にいてやってくれ」


 まったく、この期に及んでこんな所に来てまで、また局長のことを『あいつ』とか呼んでるし……。


 まあいいか。言及はしないでおこう。様々な想像も憶測も、わたしの胸中にしまっておけばいい。


 「ああ、そうだ。あの子が、お前さんによろしく伝えてくれって」


 「? あの子?」


 軍曹は当然のように言ってきたが、わたしには誰のことやら見当も付かない。


 「あの子って……誰です?」

 

 「決まってるだろ。あのバカでかい紅衣貌ウェンナックおさえて、原体の位置を教えてくれたあの子だ。お前さんだけがあの子の声に気付いたそうじゃないか。大したもんだ」


 そっか。そういうことだったのか。


 ずっと気になっていたナニモノかの正体を、やっと知ることができた。


 あの巨大紅衣貌のさらなる巨大化と、兇器的きょうきてき激情の嵐をなんとか抑制よくせいしてくれたのも、それに原体の位置を示してくれたのも、軍曹の言う“あの子”だったのだ。


 ナヒトの体内に移植された新奇器官エキゾチックオーガンの元々の持ち主である中学生の少年。


 正しい心の少年だったのだろう。だから、あんな醜悪しゅうあくな怪物の姿にされたげ句、暴走に付き合わされるのはえられなかった。一刻も早く解放してほしくて、原体の位置を教えてくれたのだ。


 わたしだけ気付くことができたのは、わたし独自の能力によるものだろう。練識功アストラルフォースを感知できるという、きわめて地味な能力。


 一見いっけん、地味でくだらないと思っても、いつどこでどんな形で役に立つのか分からないものだ。


 「名乗りもしないで、さっさと向こうへっちまった。お前さんみたいな若い娘と話すのが照れ臭かったのかな」


 一言、お礼を述べたかった。せめて名前ぐらい知りたかった。その子の助けがなかったら、わたし達は全滅していたかもしれないのだから。


 わたしは少しの間、かすみおおわれた向こう岸を望んでから、静かに両手を合わせ、目を閉じた。


 名前も顔も知らないけれど、本当にありがとう。


 そしてゆっくりと目を開け、軍曹を見つめた。


 「じゃあ……もう戻ります。どうかお元気で……」


 我ながらなんてお莫迦ばか惜別せきべつの言葉。


 軍曹は苦笑くしょうしながら右手を差し出してきた。


 わたしは軍曹の手を両手でしっかりと握りめた。


 その手は不思議と温かかった。まるで生きているかのように。




 わたしは歩き出した。


 勇気を出して白いかすみの中に入り、歩き続けた。


 そしてそれほど進まないうちに、なぜか胸の辺りに鈍い痛みがしょうじた。全身が重怠おもだるくもなり、次第に息苦しさまで感じるようになってきた。


 一旦いったん立ち止まり、戻ってみると、痛みと不調が徐々じょじょに引いていった。


 「こっちへ戻るんじゃない。つらくても進むんだ」


 背後、霞の彼方かなたから聞こえる軍曹の声。


 行きたくないなぁ。痛いし苦しいし……。


 でも、この先へ行かないと、きっとわたしは永遠に目覚められないのだろう。


 意を決し、再び進んだ。今度は少し早歩きで。


 また胸に鈍い痛みが、全身に重怠さが、そして息苦しさがやって来る。


 それでも我慢がまんして歩を進めたものの、限界に達し、ついには意識が暗転した。




 

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