第五章 13 これはこれは……。

 少しずつ後ずさり、側に転がっている物が改めて目に留まった。

 

 鉄パイプだ。


 「恐れることはありません。私がみちびきます。正しく幸せな方へと」


 ナヒトはさとすように語り掛け、さらに近付いてくる。


 わたしはこれ以上後退しなかった。ナヒトをギリギリまで引き付けるために。


 チャンスは一瞬。


 わたしは黙ったまま両手を軽く上げた。


 「いい子ですね。やっと理解していただけましたか」


 ナヒトが二歩手前までせまり、右手を差し出してきた。


 今だ!


 わたしは一拍いっぱくで足元の鉄パイプを蹴り上げて掴み取り、ナヒトの脇腹目掛けて振った。


 手応えは……ない。鉄パイプの先は空をった。


 すんでのところで、ナヒトに飛び退かれてしまったのだ。


 棍術こんじゅつ奏哲和尚そうてつおしょうに少しだけ教わったが、果たしてどこまで通用するだろう?


 自信皆無だったが、この土壇場どたんばではヘチマでもスッポンでも使える物は何でも利用して戦うしかない。


 「往生際おうじょうぎわが悪いですね。まだ抵抗しますか」


 無視。


 わたしは鉄パイプをビュンビュンと8の字に振り回し、ナヒトに飛びかかった。


 ナヒトは逆手に持った両手のナイフではじきいなしながらも、少しずつ後退する。


 わたしは練識功アストラルフォースで身体能力を上げ、さらに攻めまくった。


 長引けばわたしの体力が尽きる。今のわたしには練識功による肉体の酷使こくしは命取りにさえなりるのだから。


 ナヒトも練識功で肉体強化をほどこしているようだが、本気を出しているのかどうかまでは分からなかった。


 鉄パイプとナイフが何合なんごうも激しくぶつかり合い、そのたびにすさまじい金属音が響く。


 勝つ必要はない。逃げられれば良い。火の手が広がってきており、このままでは焼け死ぬか一酸化炭素中毒で死ぬか、危険な状況なのだから。


 「演武えんぶとしては綺麗きれいですが、まだまだ素人しろうとですね」


 ナヒトがあわれみすらもった口調で言う。


 この兄ちゃん、やっぱり手加減をしていた。批評ひひょうをする余裕まであるのだから。


 そんなことより、この炎に囲まれそうな状況に危機感を抱いてはいないのだろうか?


 わたしはナヒトから間合いを取り、鉄パイプを投げ付けた。


 次いで、足元にあった木箱をナヒト目掛けて蹴飛ばすと、壁を二、三歩伝い駆けてナヒトを避け、階段に向かって全力疾走した。


 筋力強化だけならほんの少し練識功をかせるだけで良い。この場から逃げることぐらいなら可能なはず……っ!


 突然、わたしは背中に衝撃と激痛を覚え、勢い良く転倒した。


 ゴロロンと、角材が階段に落ちる。


 この兄ちゃん、角材をわたしの背中に思い切り投げ付けたのだ。


 痛いよぉ……。階段に顔面打ったし……。


「できれば、あなたに手荒なことはしたくなかったのです。悪く思わないでください。いずれ、私にこのことを感謝するようになります」


 未来永劫えいごう感謝なんかするわけない! 断言できる。


 「とりあえず研究室へお連れします。少しの間眠っていただき、怪我の手当てと新奇器官エキゾチックオーガン摘出てきしゅつをさせていただきます。完治するまで私が付きっ切りで介抱かいほう致しますので大丈夫ですよ」


 嫌だあああ! 怖気おぞけが走る! 介抱という名目で何をされるのか分かったものではない。


 「ガキンチョ相手にお医者さんごっこか? この変態野郎」


 本気で泣きそうになった時、突如とつじょ、ナヒトの背後から知った声が入ってきた。


 煙が充満じゅうまんしてきているので視界が悪いが、間違いなく、わたしの相棒の声だった。


 「これはこれは……なぜここが分かったのです?」


 ナヒトが詰問した。その声からは、先程までの余裕が消えている。


 わたしも同じ質問をしたいほどだった。しかも、ナヒトの背後から来たとなると、あの搬送はんそう用エレベーターを使用したことになる。


 「紗希、そこにいるな? 大丈夫か?」


 ベルウッドさんはナヒトの質問を無視し、わたしに問い掛けた。


 「は……はい……」


 わたしは軽く咳き込みながら答えた。


 何だか涙が出そう。こんなピンチの時、絶妙ぜつみょうのタイミングで助けに来てくれるなんて。


 「後を付けてきたわけではないでしょう?」


 「お前に気付かれないように、離れて付けてきたんだよ」


 「その割には遅い登場ですねぇ。実はかなり迷われたのでは?」


 「ああ、離れ過ぎて途中で見失ったからな。子供の泣き声が聞こえて、あのエレベーターを見つけたんだよ。もしかして人質にしていた子供か?」


 ションタクだ。良かった。無事に外に出られたのだ。きっと今頃は局長に怪我も治してもらえていることだろう。


 「さぁて……大切な相棒を可愛がってくれたお礼、たっぷりさせてもらうぞ」

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