第五章 14 所詮はまがい物。

 「可愛がるも何も、あなたに水を差されたお陰でお預けですよ」


 「そいつは良かった。こんな寸胴ずんどう娘を抱いてもガッカリするだけだからな」


 おい、オッサン。それは聞き捨てならないぞ。一体、どっちの味方なんだっつーの?


 「まるで、彼女の体を知り尽くしているような口振りですね」


 「全身くまなく知り尽くしてるよ。一緒に風呂にも入った仲だ」


 事実には違いないが、誤解である。ナヒトなんかにどう思われようと構わないのだが、可憐かれんな乙女としては、このオッサンの口をまつりいしてやりたいほど恥ずかしい。


 「あの金髪の若者といい仲だとお見受けしておりましたが……」


 いーの。そっちが正しいの。


 瞬刻しゅんこくの間に、ナヒトは全身に練識功アストラルフォースみなぎらせた。


 わたし達と違い、まがい物であるこの兄ちゃんは、エネルギー塊を生み出すほどの能力はないようだ。避難小屋でも糖ヶ原とうがはら村でも、そしてここヌプルゥシケ自治区に来てからも、練識功による弾丸や剣を一度も使っていないのだから。肉体強化がせいぜいなのだろう。


 元々の戦闘能力はかなり高いようだが、所詮しょせんはまがい物。本物つ天然物であるわたし達には練識功のレベルに関しては遠くおよばないということだ。


 ……とかえらそうに語って、そのまがい物にやられている自分がいるのだから情けない。


 「俺の見立て通り、お前は女に嫌われる……いや、人に嫌われるな。友達いないだろ」


 「好かれるかどうかなんて重要ではありません。圧倒的あっとうてきカリスマ性があれば皆したがいます」


 「とんだ性悪野郎だ。お前に紗希は渡さん」


 このオッサン、なんで彼氏面してんの? 


 ベルウッドさんは練識功の剣を生み出す。


 対して、ナヒトはナイフ二本のみ。どちらが優勢かは言うまでもない。


 ベルウッドさんは二段飛ばしに階段を疾走しっそうし、ナヒトへの肉薄にくはくはかる。


 ナヒトもこれまた人間離れした速さでけ上がり、わたしのそばで止まった。


 そして、わたしを思い切り突き飛ばした。


 ベルウッドさんは反射的に練識功の剣を消し、わたしを受け止めてたたらを踏んだ。


 同時に、ナヒトの手から何か赤くきらめく物体が数本飛んできた。


 ベルウッドさんは咄嗟とっさに片足を踏ん張り、体の向きを反転させた。


 それから一秒も経たぬうち、ナヒトの姿は煙の向こうへと疾走し、すぐに見えなくなった。なんという逃げ足の速さ。


 もっとも、今回はベルウッドさんから逃げただけではなく、火災現場から避難したのだろう。わたしを人質にしてみても、速さでベルウッドさんにはかなわない。それに、この有毒な煙の中に長く身を置くのも危険なのだから。


 ところで、ベルウッドさんの背中に赤く細長い物体が二本突き立っているが大丈夫だろうか? 大きさはボールペンほどで、ちょっと深く刺さっているようだが……?


 「とにかく燻製くんせいになる前に脱出だ。上で局長達と合流しよう」


 言うなり、ベルウッドさんはわたしを小脇こわきに抱え、急階段をまた二段飛ばしに上って行った。視界がどんどん悪くなっているにも関わらず速い。さすがと言うべきか。


 局長はおそらく暗がりを想定して、ベルウッドさんを来させたのだろう。煙で視界不良なので、いずれにしても良かった。


 「あの……ベルウッドさん」


 わたしはためらいがちにつぶやく。


 「どうした? 苦しいのか? 人工呼吸でもするか?」


 息苦しいけど、それよりは一酸化炭素中毒死を選びます。


 「そうじゃなくて……すみません。その……弱くて役立たずで……おまけにまた盾になってくれて……」


 「そうでもないだろ。人質の子供を逃がしただけでもお手柄てがらだ。お陰でこの場所を特定できたんだしな。今後は俺もリアル鬼ごっこの回数をもっと増やして、お前さんが強くなれるように協力してやるから」


 それよりは、やっぱり一酸化炭素中毒死を選びます。


 やがて行く手にあかりが見えてきた頃には、ベルウッドさんもかなりき込んでいた。


 「ルーサー、紗希、無事なの⁉」


 階上から局長の声。


 あれ?……ってことは、ナヒトは局長達と鉢合はちあわせはしていない?


「何とかな。紗希も、一緒だ。外に出た、方がいい」


 答えたベルウッドさんの息切れが激しい。煙の中、わたしを抱えて急階段を駆け上がってきたのだから無理もないが。


 やっと階上に到着。


 局長とノエル先輩と、それにションタクを抱っこしたコタンシュさんもいる。


 ションタクの顔、キレイに治っている。こんなにカワイイ顔だったんだ。


 ホッとしたのも束の間、わたしを下ろすなり、ベルウッドさんがいきなりその場にひざまずいた。

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