第五章 15 一種異様に神々しくもあった。

 ひとまずとりでの外へ出て、近くの奇岩の側に来た。

 

 わたしの怪我は局長の治癒ちゆ術で簡単に治った。……が、短時間に立て続けに大怪我を治すのは良くないため、もう怪我をしないようにと注意を受けた。

 

 その理屈りくつは、わたしでも漠然ばくぜんと理解できる。本来、数日間、数週間掛けて少しずつ再生するはずの細胞の損傷そんしょうを、強制的に早送りで治癒させるのだから、連続して行うのが体に良いわけはないと。

 

 治療が終わるのを待ちねたように、ションタクが跳び付いてきた。この子なりにわたしを心配してくれていたようだ。

 

 「ワグツチの娘、サキ、我の息子助けた。ありがとう。ありがとう」

 

 コタンシュさんはわたしの手を握り、肩が外れそうなほど力強く上下に振った。


 何はともあれ良かった、真夜中にこの奇岩群の中からアジトを闇雲やみくもに探していたら、それこそ夜が明けてしまっていただろう。ションタクを脱出させたことで、結果的にわたし自身の生還せいかんにもつながったのだ。


 ……さて、問題はベルウッドさんの怪我の方。


 ベルウッドさんの顔色が物凄ものすごく悪い。血の気が失せてしまったように。


 しかも、局長が全力集中で練識功アストラルフォースを投入しても、治りが遅い。


 何かがおかしい。


 「毒針? でも、それにしては毒性が中途半端ちゅうとはんぱね」


 ようやく抜けた二本の赤い針を手に取り、局長は怪訝けげんそうにまゆひそめる。


 「死ぬほどのもんではないだろ」


 なぜかベルウッドさん本人は楽天らくてん的。


 「紗希にも刺さる可能性があったんだ。そんな危険な代物しろもののはずはない」


 そういう理屈りくつかい! 


 言われてみれば、わたしを殺すチャンスは何度もあったはずだが、ナヒトはそこまでにはおよばなかった。やはり、個人的にわたしを気に入っているためなのだろうか?


 でも、わたしにはノエル先輩がいるのだ! あんな狂信男になびくつもりはさらさらない!


 「これ、まさか妖狐血晶フォキシタイトですか?」


 わたしは話題のすり替えも兼ねて述べる。


 「まったく……ふざけた武器を作るものね。気分はどう?」


 「膝枕ひざまくらでもしてもらえれば良くなる」


 「……で、紗希。あの中で紅衣貌ウェンナックらしいものは見た?」


 さすが局長。ベルウッドさんのエロ冗談ジョークを受け流すというより、もはや抹殺まっさつしている。


 しかし不安は残る。この針は妖狐血晶で間違いないだろう。わたし達にとってはただでさえ迷惑な性質を持つこの鉱石が、血液中に直接入ったとなれば、ベルウッドさんはもう練識功アストラルフォースを使えなくなってしまうのではなかろうか?


 「はい。見ました。原体のある頭部に軍曹の一撃が入ったからバラけたとかで、あの時より小振りになった紅衣貌が研究施設に……」


 そこで、わたしの説明はき消された。


 落雷のような爆音によって。


 見ると、アジトのある奇岩の中腹ちゅうふく辺りに大きな穴が空き、あかりと煙がれ出ていた。


 やおら、そこから長いシルエットがうねりのぞき、そして奇岩をい下り始める。


 その様は実に醜悪しゅうあくであり面妖めんようでありながら、一種異様に神々こうごうしくもあった。


 まさか、ナヒトが言っていたように、本当に神様がつかわした天使か何かだったりして……。


 「……あれがそうね」


 局長が辟易へきえきとした様子でつぶやいた。


 あの研究チームは何をしているのだろう? まさか突然暴れ出したあの猿顔大蛇に対処できなくなってしまったとか?


 すくいようのない莫迦奴らである。優秀な科学者だか外科医だか知らないが、ちっとも学習していないではないか。狐魑魅こすだま渓谷のアジト内であれほど恐ろしい惨事さんじになったにもかかわらず、また同じことを繰り返している。


 ぶおおおおん、と、脳髄のうずいと下腹を直接突き揺さ振る重低音。聞く者の恐怖を掻き立てる咆哮ほうこうである。


 まだ距離があるが、蒸気機関車のような息遣いをはっきりと感じ取れた。


 「コタンシュさん」


 局長はコタンシュさん父子を振り返った。


 「あの化物は我々が退治します。村の方達にも呼び掛けて、皆さんでここからできるだけ遠くへ逃げてください」


 「ちょっと待った」


 横からベルウッドさんが割って入る。


 「コタンシュさんは弓の名手だ。かなりの戦力になるだろ」


 「それは駄目」


 局長はぴしゃりと言い放った。


 「練識功の保持者ではない人間を戦闘に参加させるのがどれだけ危険か分かる? 無駄な犠牲ぎせい者を出すことはできないの」


 そう言えば、軍曹が話していたっけ。昔、軍隊上りの猛者もさ達をやとったが、全員呆気あっけなく殺されてしまった、と。

 

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