第二章 7 激痛で動けない。息もできない。殺られる。

 わたしはなかば反射的に麻袋あさぶくろを引っ掴んで、はじかれるように庭園へ飛び出した。

 

 わたしが動くのを待ち兼ねたように、白狐面びゃっこめん跳躍ちょうやくして追ってくる。

 

 速い上に、ジャンプはば途轍とてつもなく大きい。本当に人間なのだろうか?

 

 わたしは小早こばやく麻袋から剣を引っ張り出し、さやを投げ外した。

 

 ビュンビュンとくううならせながら、白狐面が春秋大刀を振り回して飛びかかってきた。

 

 武器の大きさが違い過ぎる。こんな大振り物での攻撃をこうから受け止めたら、剣が折れてしまう。

 

 左上から来た袈裟懸けさがけの一撃を、わたしは後ろへ退きながら剣ではじきいなした。

 

 もろ受けをけたにも関わらず、手がしびれる。

 

 「ベルウッドさん!」

 

 裏庭にいるはずのベルウッドさんを呼びながら、わたしは剣を構え直した。

 

 白狐面は武器を振った勢いで体を回転させて背を向けた。

 

 大胆にも、いきなり相手わたしに背中を見せた? 

 

 すきありと意気込いきごんだのも一瞬のこと、石突いしづき部がわたしの顔面目掛けてせまってきた。

 

 わたしはあわてて左へ横転。

 

 ああっ、雪が冷たい。

 

 白狐面は向き直り、文字通り全身で春秋大刀しゅんじゅうだいとうを振り回した。頭を振り首をじくに、次に左腕から肩、背中の上を回りすべらせて右手へと移動させ、その大刀さばきは芸術的でさえあった。

 

 ……って、なんかおかしい。この白狐面、戦う気があるのだろうか? 単に春秋大刀の演武を披露ひろうしたいだけなのでは?

 

 しかしながら、こんな大長物を引っ切り無しに振り回されては、わたしとしても近付くことができないのは事実だ。

 

 白狐面が再び、こちらに向けて大刀を振ってきた。

 

 今度は地面擦れ擦れ、足を狙って。

 

 後ろへ跳ぶわたし。

 

 大刀が飛び石をめ、ジャリン! と鳴って雪と火花を散らす。

 

 今だ!

 

 大刀が振り切られたこの瞬間を逃さず、わたしは練識功アストラルフォースで身体能力と肉体強度を上げながら突進する。

 

 人を手に掛けるのはしのびないが仕方がない。命を奪うつもりで行かなくてはこちらが殺されてしまうかもしれないのだから。

 

 白狐面の脇腹わきばら目掛け、わたしは剣を横ぎに振るう。

 

 もらった! と確信したが、あにはからんや、わたしの手に伝わってきたのは固い感触だった。

 

 信じがたいことだった。春秋大刀は縦に真っ直ぐ構えられ、白狐面に達そうとしていたわたしの剣を喰い止めていたのだ。

 

 尋常じんじょうではない反応速度である。わたしが肉薄にくはくするまでの〇・何秒の間に、長く重い春秋大刀を構え直したことになる。

 

 わたしはすぐさま手首を回して剣を回転させ、別方向からり込みを掛けようとしたが、それより速く、白狐面の左肩がわたしの体に当たってきた。

 

 想定を遥かにしのぐ、重く鋭い一撃。自動車が衝突したぐらいの衝撃はありそうだ。

 

 わたしは後ろへ飛ばされ、松の木に激突した。

 

 練識功で肉体を強化させていたので、骨折や内臓破裂はまぬがれたが、呼吸がままならないほど全身が激痛に襲われた。

 

 もう一度叫ぼうとしても声が出ない。

 

 まったく! あのクソオヤジ、何してる⁉

 

 もだえるわたしに、松の枝から雪がドサッと落ちてきた。

 

 あああっ! 踏んだり蹴ったり。痛いし冷たいし。

 

 白狐面が春秋大刀をかつぎ迫って来る。

 

 激痛で動けない。息もできない。られる。

 

 はたと白狐面びゃっこめんが足を止め、わたしから向かって左上に顔を向けた。

 

 直後、その方角に向かって春秋大刀しゅんじゅうだいとう渾身こんしんのスピードとリーチで払い切った。

 

 空を裂き突風を起こすほどの超豪速ちょうごうそく。わたしに被さっていた雪をほとんど吹き散らすほど。

 

 一瞬遅れて、御堂おどうの屋根からベルウッドさんが降りてきて、受け身で地面に着地した。

 

 まさかまた高みの見物をしていたわけじゃ……?

 

 それより、なぜだろう? 白狐面が春秋大刀を振ったタイミングが、ベルウッドさんが降りてきたタイミングとかなりズレていたのは。

 

 もしかして、本気でわたし達を殺すつもりではないということなのだろうか?

 

 わたしから雪を吹き散らしたのも、単なる偶然ではないとか?

 

 いや、そもそも何者なのかも目的も謎なのだ。好意的な憶測おくそくは危険である。

 

 「紗希、大丈夫か?」

 

 「だ……っ」

 

 駄目ですと答えようとして、わたしはき込んだ。

 

 「無事で良かった」

 

 ベルウッドさんは根拠こんきょもなく安心し、剣を構えて白狐面と対峙たいじした。

 

 無事じゃないって。見れば分かるじゃん。

 

 そうだ、見えないんだった。

 

 ベルウッドさんは左手の指二本で手まねきした。

 

 白狐面からかすかにフンと聞こえる。鼻で笑ったのだろう。

 

 春秋大刀がうなり、大上段からベルウッドさんに襲い掛かる。

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