第二章 6 ただの気取り屋か変人か、もしくは相当な実力者?

 ベサニー牧師にお別れのご挨拶あいさつをした後、ベルウッドさんはさらに坂道を上って行った。

 

 まだ行く所があるのだろう。手にしている仙丹堂せんたんどうの紙袋にはもう一つ菓子折りが入っているようだし。

 

 「あの……ベルウッドさん」

 

 ベルウッドさんの実家を出て少し歩いた辺りで、わたしは思い切って確かめてみることにした。

 

 「どうした? トイレか?」

 

 なんと色気のない問い掛けか。

 

 「そうじゃなくて……その……わたしに会わせたい人って……?」

 

 「ああ、もう少し先に住んでいる人だ」

 

 ベルウッドさんは淡々と答えた。

 

 「……え? わたし、てっきり……ベサニー牧師かと……」

 

 「せっかく帰ってきたから、ママにも会いたかったんだ。お前さんにまで付き合わせたが」

 

 「いえ、いいですけど。人生初の牡丹鍋ぼたんなべ堪能たんのうできましたし」

 

 わたしは安堵あんどの溜め息を込めた。

 

 まったく、まぎらわしいことをしないでほしい。こっちは多感な思春期なのだから。

 

 距離にしたら、胡楠うなん教会から四、五百メートルほどか、ベルウッドさんが立ち止まった。

 

 お寺である。とは言っても、全体的に大袈裟おおげさな造りではなく、実に簡素かんそであった。

 

 石段を上って、消し炭色ずみいろかわら屋根を有した小さな門。その柱部分の表札には『妙陽寺』と書かれている。まめに雪掻きをしているのか、いずれも雪はあまり多くない。

 

 門をくぐると、飛び石通路をはさんで一対いっつい石灯籠いしどうろう。左手には手入れされた樹齢じゅれい二、三十年と見られる松の木。その向こうにかね

 

 こちらも雪は積もっていたが、やはり雪掻きをされた形跡がある。

 

 真正面には小さな御堂おどう。引き戸を開けると予想通りの小ぢんまり空間で、人が十人も入れば窮屈きゅうくつになってしまうだろう。たたみがなく板張りの床なので、この時期は寒そうだ。

 

 ベルウッドさんは思案気しあんげ顎髭あごひげをしごいてから、玄関に紙袋を置く。

 

 「ちょっと裏庭を見てくる。ここで待っていてくれ」

 

 そう言い、ガン助と一緒に裏手へと歩いて行った。

 

 わたしは玄関に腰を下ろし、言われた通りに待つことにした。

 

 教会の近所にお寺。妙な感じだが寛容かんようとも取れる。

 

 ベサニー牧師も、ベルウッドさんがここを出入りすることを許しているのだ。それだけではなく、きっとベサニー牧師自身も交流があり、友好的にご近所付き合いをしているのだろう。

 

 雪は依然いぜんとして降り続けていた。小さな庭園だが、雪深い景色も風情ふぜいがある。

 

 などと、大人の気分で安らいでいると、出し抜けに奥の引き戸の開く音が聞こえた。

 

 振り返ると、凄まじく奇怪なこしらえの人物が立っていた。

  

 白いきつねの面だけでも面妖めんようだが、グレーの作務衣さむえの上に熊の毛皮を羽織り、そしてもっとも恐るべきは、右手に持つ長さ二メートル超の春秋大刀しゅんじゅうだいとう

 

 春秋大刀とは簡単に説明すると、上は三日月型の幅広刃を有し、下は石突いしづきと呼ばれるとがった形状の、の長い薙刀なぎなたのような武器のことである。

 

 こんな代物しろもの、何年か前に弟の雄介と観た活動写真の中の存在でしかない。雄介いわく、刀剣やこんと違い、春秋大刀は長く重いため、戦場で実際に使われることはなかったそうで、主に鍛錬たんれん演武えんぶさいもちいられたとのこと。

 

 ……となると、この白狐面びゃっこめん、ただの気取り屋か変人か、もしくは相当な実力者?


 一瞬、ベルウッドさんがイタズラで変装でもしているのかと思ったが、この白狐面からは練識功アストラルフォースの気が感じられない。

 

 まれに人型の紅衣貌ウェンナックもいるが、それとも違う。

 

 つまり常人ということだ。

 

 そう言えば以前、局長から忠告されたことがある。紅衣貌を崇拝すうはいしている終末思想者達は、紅衣貌を退治する組織であるアンブローズを目のかたきにしているから気を付けるように、と。

 

 ひょっとすると、この白狐面がその連中の一人なのかもしれない。

 

 いや、ひょっとしなくてもそうだ。さもなくば、ここまで仰々ぎょうぎょうしいいでたちをしているわけがない。こんな田舎の温泉郷にいる理由は不明だが。

 

 白狐面が春秋大刀を肩に掛け、ゆっくりとこちらに近付いてきた。

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