第二章 8 今度こそ本当に殺られる。

 なんか……これまでとは比べ物にならないほど太刀筋たちすじにキレがある。わたし遊ばれてた?

 

 ベルウッドさんは退かず、受け止めず、突きの構えで猛ダッシュ。

 

 なるほど。後ろや横にけても、大刀の向きを変えられてまた次の攻撃に掛かられてしまう。もちろん剣でもろに受け止めるのは骨頂こっちょう

 

 ならば、相手のふところに飛び込んで、長物である春秋大刀の死角に入れば良いということだ。

 

 ……とか、理屈だけ知っていても実践は難しいけど。

 

 白狐面びゃっこめんはベルウッドさんの猛攻もうこうを予想していたかのごとく、武器を縦に構え直し、ベルウッドさんの突きを横へはじ退けた。

 

 ベルウッドさんはひるまず猛進もうしんし、続けざまに突き、払い、振り上げ、振り下ろしと、相手に反撃のすきを与えないまでに攻めていた。

 

 まさに、攻撃は最大の防御ぼうぎょなり、である。

 

 白狐面は春秋大刀のでベルウッドさんの剣を受け止め、弾き、いなしながらも、徐々に後退してゆく。

 

 素晴らしいことに、ベルウッドさんが白狐面をしているのだ。

 

 とうとう白狐面は門の間近まで退がった。

 

 すると白狐面は大きく後ろへ跳躍ちょうやくし、門のふちを踏み台に再跳躍、そして門の上に立った。

 

 一体何のつもりかと思えば、門上に積もった雪を蹴り、ベルウッドさんの頭上に落とし始めた。

 

 雪攻めはさすがに予想外である。

 

 意表を突かれたベルウッドさんは咄嗟とっさに両腕で頭をおおう。

 

 そこへ、白狐面が春秋大刀を振って飛び降りてきた。

 

 ベルウッドさんは左へ跳んだが、体勢をくずした。

 

 一撃はなんとかやり過ごせたものの、次の構えが一瞬遅れる。

 

 白狐面はダッシュし、ベルウッドさんにさらなる雪しぶきを蹴り掛けながら、なぜかわたしの方へ向かってきた。

 

 ターゲットをわたしに変更した⁉

 

 わたしは剣を握って立ち上がろうとしたが、まだ上半身に激痛が走る。

 

 動けないまま、ちょんの間に白狐面に接近され、かかえ上げられた。

 

 最悪の展開だ。人質ひとじちにされるなんて。

 

 いや、そうではない。

 

 わたしは宙高く放り投げられた。この胡楠うなん温泉郷を全部見渡せるほどの高さに。

 

 体を動かすと引き裂かれるような痛みに襲われ、受け身を取れそうにない。練識功アストラルフォースで肉体強度を上げれば、地面に叩き付けられても大怪我はしないと思うが、さらなる激痛で失神もあり得る。

 

 わたしは瞑目めいもくし、とりあえず軽傷で済むようにと全身に練識功を働かせた。

 

 体が落ち始めてすぐ何かの金属音が鳴り、そして雪と砂利じゃりを速く激しくえぐり散らす音が近付いてきた。

 

 落下の衝撃に備えることで精一杯だったわたしは、それらの音の正体を確かめる余裕がなかった。

 

 ぐんっ、と体が重くなる。地面に到達。

 

 あれ? あまり痛くない。

 

 目を開けると、ベルウッドさんの腕の中。

 

 「をわああああ!」

 

 ベルウッドさんの絶叫ぜっきょう

 

 抱きとめてくれたことは即座そくざに認識できたが、なぜ叫んでいるのか?

 

 その理由は一瞬後に判明した。

 

 ベルウッドさんも練識功を掛けて全力疾走してきた。……が、中腰のまま雪で滑って止まれないのだ。

 

 先には大きな庭石。

 

 わたしが息を呑んだ時には、もう庭石に激突してしまった。

 

 あれ? あまり痛くない。

 

 「……お前さん、意外と重いな」

 

 ベルウッドさんがうめくように漏らした。

 

 あ……この人、自分の背中で庭石に当たってくれたんだ。

 

 ざっ、ざっ、と白狐面が歩み寄って来た。

 

 ベルウッドさんも庭石に体を打った衝撃で、すぐには動けない状態だった。

 

 今度こそ本当に殺られる。

 

 ああ、ベルウッドさんごめんなさい。さっきクソオヤジとか心の中でののしったこと謝ります。

 

 こんなわたしのために全力で駆けつけてくれたこと、死ぬ前に感謝します。

 

 わたしはベルウッドさんのシャツを握り締め、くちびるんだ。

 

 わたし達に春秋大刀の切っ先が突き付けられる。

 

 ベルウッドさんはずれたサングラスを片手で直すと、なぜかハハっと軽く笑った。

 

 この絶体絶命の状況で笑うなんて、頭がおかしくなったのか?

 

 どうしたことか、白狐面は春秋大刀を引いて地面にザクっと突き立てる。

 

 「戦いの最中さなかみずから武器を投げ捨てるとは、武人失格」

 

 初めて聞く、白狐面の声。

 

 男性の声だった。

 

 男性は狐の面を頭の上に押し上げる。

 

 年齢は軍曹と同じぐらい。目力めぢからは強いが穏やかそうな顔だ。

 

 「……ですが、正しい判断です。ルーサー君」

 

 男性はニコっと笑った。

 

 ……え? ルーサー君って……?

 

 「お嬢さんも体が冷えてきた頃でしょうから、少し手荒い方法で終わらせていただきました。中で熱いお茶でもどうぞ」

 

 「???」

 

 何が何だか理解できず、わたしはしばらく口を開けて間抜まぬけ面をしていた。

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