第二章 9 始めからグルだったのだ!

 怒りが収まらず、わたしはしばらく口を閉じてふくれっつらをしていた。

 

 体の痛みはかなり引いて呼吸も楽になり、こうして囲炉裏いろりそばで体育座りをできるようになった。

 

 それはいいとして、問題はこの二人!

 

 始めからグルだったのだ!

 

 「紗希さん、そろそろ機嫌を直していただけませんか? 若い女性が来たので、拙僧せっそうもついった演出をしてはしゃいでしまいました。もっと時間があれば、儀式ぎしき用の法衣ほういで御出迎えをして差し上げたのですけどね~」

 

 先程の白狐面びゃっこめんの正体―――奏哲和尚そうてつおしょう―――は、悪びれもせず無邪気に笑った。

 

 奏哲和尚はこのお寺『妙陽寺』のお坊さんで、ベルウッドさんが子供の時から武術を教えているとのこと。

 

 わたしは師弟してい小芝居こしばいにまんまとしてやられ、一人で驚愕きょうがくし、恐怖し、莫迦を見たというわけである。

 

 「ほら、もう怒るな。大福やるから」


  開けた菓子折りの中からベルウッドさんが仙丹せんたん大福を一つ取り、わたしに差し出す。

 

 「大福一つで機嫌が直ると思ってるんですか?」

 

 「じゃあ、もう一つやるよ」

 

 「個数の問題じゃないです!」

 

 わたしはベルウッドさんの手から大福を取り上げ、頬張ほおばった。

 

 「何だかんだ言って、結局食べるのか」

 

 ベルウッドさんは軽く突っ込みを入れ、お茶を飲んだ。

 

 まあ冷静に思い返せば、あれが小芝居だと気付く要素はあった。

 

 ベルウッドさんが練識功アストラルフォースの剣を用いなかったことも一つだが、何よりガン助が吠えもせず、庭のはじでおとなしくお座りをして待っていたのだから。

 

 「教会の次はお寺。ベルウッドさん、一体何を信じてるんです?」

 

 わたしは腹立ちまぎれに詰問きつもんし、残り一口の大福を食べた。

 

 「神も仏も信じてるさ。どっちも正しいんだ」

 

 「まさしくその通りです。出発点はちがえど、山を登って行けば最終的には同じ頂上に辿たどり着きます。拙僧はまだまだ未熟みじゅく者ですから、ベサニー牧師の精神レベルには遠くおよびませんが」

 

 わたしの頭が悪いのだろうか? この二人の言っていることがイマイチ理解できない。

 

 「別に分からなくていいぞ。入信させるためにお前さんを連れてきたわけじゃないしな」

 

 なんか、莫迦にされているみたいでムカつく。

 

 「それでは、紗希さんにせっかく来ていただきましたし、おびも兼ねてお教えしましょう。このままでは、拙僧は仮装をして春秋大刀しゅんじゅうだいとうを振り回すただの狂乱坊主ぼうずになってしまいますから」

 

 奏哲和尚はカラカラと笑いながら、わたしの内心を見透みすかしたように言った。

 

 そりゃそうだ。もしも町の中であんな格好の人間を目撃したら、わたしは即通報つうほうする。

 

 「お教えって……何をです?」

 

 「おいおい紗希、お前さん、奏哲和尚に吹っ飛ばされておいて、何も疑問に思わないのか?」

 

 「疑問?」

 

 わたしは首をかしげ、ベルウッドさんと奏哲和尚を交互に見た。

 

 ベルウッドさんはひたいに手を当て、あきれたように溜め息を吐く。

 

 「お前さんがここまでにぶい奴だとは思わなかった。考えなくても分かるだろ」

 

 むかっ

 

 「どーせわたしは鈍い莫迦娘ですよ。考えても考えなくても分からないんですから」


  当然のようなベルウッドさんの物言いに、わたしは怒り心頭しんとうはっした。

 

 「そんなのパパに何百回も言われて自覚してます! なんならパパが言うように、わたしの頭を割ってどんな脳味噌か調べたらどうです⁉」

 

 パパにさんざん言われたように、わたしは生まれつき出来が悪いのだ。だから勉強に限らず、何をやっても上手く行かないのだ。

 

 「莫迦で鈍くさくて、皆の足を引っ張ってばかりで、きっとアンブローズの仕事も向いてないんです!」

 

 「紗希、悪かった。怒るなって。何もそんなつもりで言ったわけじゃ……」

 

 「だから皆が簡単にできることも分かることも、わたしには全っ然できないんです!」

 

 思い出すほど、口にするほど、わたしの中で嫌悪感がふくれ上がってゆく。それはパパに対しても、自分自身に対しても、そしてベルウッドさんに対しても。

 

 自分にも周りにも失望し、憤怒ふんぬし、胸がめ付けられて重くなる。

 

 もう嫌だ。どうしてわたしはこんなに使えない役立たずなんだろう?

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る