第二章 10 まさに達人。コスプレのセンスは悪いけど。

 「出来が良い悪いの定義ていぎは、拙僧せっそうには理解し兼ねますが……」

 

 奏哲和尚そうてつおしょうが静かに切り出した。

 

 「そこまで悲観ひかんすることもないでしょう。少なくとも紗希さん、ルーサー君は君に見込みがあると踏んで、ここに連れてきたのでしょうから」

 

 ベルウッドさんが小さく息を吐く。安堵あんどしたのだろう。

 

 いけない。つい感情を抑え切れずに、鬱憤うっぷんをベルウッドさんにぶつけてしまった。ちょっと悪いことをしたかな。

 

 「あと、ルーサー君、君はもう少し物言いに留意りゅういした方が良いですよ」

 

 「……申し訳ありません。きもめいじます」


 ベルウッドさんは真摯しんしな態度で謝った。

 

 「紗希さん、試しに拙僧と腕相撲うでずもうをしましょう」


 奏哲和尚はいきなりおかしなことを言い出す。

 

 今ここでこのタイミングで、なぜ腕相撲?

 

 「もちろん、練識功アストラルフォースを使っても構いません。拙僧も今度は一切の手加減をせず、全力で掛からせていただきますので」

 

 奏哲和尚はわたしの返事も待たず、すみに伏せてある木箱を持ってきた。

 

 『今度は一切の手加減をせず』ということは、さっきは手加減をしていたんだ。たぶん、初対面であるにも関わらず、わたしが練識功の保持者だと見抜いた上で。

 

 まさに達人。コスプレのセンスは悪いけど。

 

 わたしは言われるがまま、奏哲和尚と右手を組み合う。

 

 さすが、あの長大な春秋大刀を易々やすやすと扱うだけあって、握力が強い。

 

 本当に本気を出すつもりのようだ。

 

 そうなれば、わたしも練識功で右腕の筋力強化をほどこすしかない。

 

 ベルウッドさんの合図で始まった。

 

 そしてなんと、勝負は一瞬で着いてしまった。

 

 勝負台にしていた木箱が崩壊ほうかいし、奏哲和尚そうてつおしょうが体ごと転がったのである。

 

 あやう囲炉裏いろりに落ちそうになり、ベルウッドさんに押し止められた。

 

 唖然あぜんとするわたし。

 

 奏哲和尚には絶対に勝てないと思っていた。万が一勝てたとしても、相当なり合いの末になるだろうと予想していた。

 

 「イテテテ……。やはりさすがです」

 

 この結果が見えていたのか、奏哲和尚は右肩を押さえながらも動じることなく微笑ほほえんだ。

 

 「……ス、スミマセン。思い切りやってしまって……」

 

 恐縮きょうしゅくするわたし。

 

 「いいんですよ。純粋じゅんすいな力比べで君達には勝てないと、最初から承知の上でしたから」

 

 奏哲和尚は鷹揚おうように言い、木箱のれの果てを囲炉裏に投入する。

 

 「……あれ? でもさっきは……奏哲和尚に全然かなわなかったです。どういうことですか?」

 

 「それです。その質問こそ、ルーサー君が君をここに連れてきた一番の目的です」

 

 物凄くうれしそうだけど……?

 

 「……はあ……」


 わたしは曖昧あいまい相槌あいづちを打つ。

 

 「戦いに勝つために重要なのは、単純に筋力や身体能力だけではないということです」

 

 まあ、それはわたしも漠然ばくぜんとは分かる。

 

 「口で全てを説明するのは難しいですが……簡単に言いますと、先程、拙僧は君達のきょを突いたのです」

 

 「キョ?」

 

 オウム返しに問うわたし。ちっとも簡単じゃないし。

 

 「つまり、そうですねえ。君達は練識功で身体能力を上げることができます。当然、力も格段かくだんに強くなりますし、素早さも常人の比ではありません。しかしながら、動きにどうしても無駄がしょうじてしまいます。それはすきとなり、拙僧はそこを見出みいだしているだけに過ぎません」

 

 謙遜けんそんしているが、なんかとんでもなく高度な芸当じゃなかろうか?  それに、肩をわたしに当てた時の衝撃といったら、人間とは思えないほどだった。

 

 「でも……突き飛ばされた時の力は強烈きょうれつでした。まるで自動車みたいに」

 

 「相手の虚を突くのと同様、あれも長年の修行しゅぎょうの成果です。無駄な力と動きを極限きょくげんまでのぞくことで、一番力を込めたい部分、いわゆる相手に当てる部分に、全身の力を一極いっきょく集中できるのです」

 

 刻一刻こくいっこくと変化する戦闘中に、そこまで自分の肉体を制御せいぎょしながら戦うなんて、わたしには到底とうてい想像できない。


 けれどもそうなると、練識功で強濃きょうのうなエネルギー塊を作るのも似たような理屈かもしれない。敵を目前にして、意識を自分の体の一部分に集中させる精神力を要するのだから。

 

 わたし、集中力もなければ精神も弱いのかな。だから練識功の剣を作れないんだ。

 

 わたしと二歳しか違いないノエル先輩だって剣までは作れなくても、エネルギー塊を弾丸のように遠くまで飛ばすことができるようになったとか言ってたし。

 

 局長は練識功で怪我を治癒ちゆさせることができる上に、実は剣も作れる。

 

 軍曹もベルウッドさんと同様、やはり剣を作れる。

 

 わたしは練識功の保持者が近くにいれば察知さっちできるが、戦闘や人助けに直接役には立たない、かなり地味な特技のみ。

 

 ……なんかまた気が滅入めいってきた。

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