第二章 11 ひとまず深呼吸をしてみてください。

 「練識功アストラルフォースを自在にあやつる方法はあるのでしょうか?」

 

 「うーん……。拙僧せっそうは練識功の使い手ではありませんので、こればかりは何とも言えませんが……」

 

 奏哲和尚そうてつおしょうは大福を手に天井てんじょうあおぐ。

 

 「やはり修行を続けることで、徐々に気付き慣れてゆくのだと思います。拙僧は五歳の頃から武術を始め、現在の実力にいたりましたが、まだまだ未熟だと感じずにはいられません。

 

 君達は突然練識功という驚異的きょういてきな力を与えられましたが、それは君達自身の修行による成果ではありませんから、あつかいに戸惑とまどってしかりです。自分に合った扱いの方法を見つけきわめてゆくにかぎります。たとえるなら、全くの武術の素人しろうとが、突然春秋大刀しゅんじゅうだいとうを強引に与えられるのと同じことです。正しい扱い方を心得こころえないと、どんなに強力な武器でも重荷おもにになりるのですから」

 

 なんて分かりやすくて説得力があるんだろう。奏哲和尚の御姿が神々こうごうしくさえうつる。

 

 「紗希さん、君はまだ若いですし、自分と他人を比べて焦燥しょうそうられるのも無理はありませんが、修行を続ける限り、君は少しずつでも成長し前へ進めています。以前できなかったことが一つでもできるようになったなら、自分をめてください。それが物事をきわめるための活力にもなります」

 

 まさに神様仏様の御言葉みことばのよう。なんか胸のつかえが軽くなったように感じる。

 

 「でもな紗希、褒め過ぎるなよ。調子に乗るといけないからな」

 

 ベルウッドさんが水を差す。

 

 このオッサンは……! せっかく人が有難い御言葉に胸を打たれているというのに。

 

 まあそれはそうと、わたしにはもう一つ悩みがある。

 

 「あと、奏哲和尚。もう一つ聞きたいことがあります」


 とりあえずこの莫迦オヤジは黙殺もくさつ

 

 「恐かったり驚いたりすると、どうしても体がすくんでしまいます。何か解決法はありませんか?」

 

 「あ~なるほど……」

 

 奏哲和尚はつぶやき、大福を一口食べ、お茶を飲んでから続ける。

 

 「基本的に恐怖をいだくのは人間の防衛本能ですから、解決法はありません」

 

 いや……ありませんって言われても……。

 

 「恐怖とは危険回避のためには必要な反応ですからね。感情のみだれの一種です。それは先程君が怒った時にも起きていました。ですが戦いの最中さなか、感情の乱れによって本来の実力が発揮はっきできないとなれば命取りとなります。そんな時はひとまず深呼吸をしてみてください」

 

 「深呼吸……ですか?」


 知られざる秘伝を期待していたわたしは、拍子ひょうし抜けしたように漏らした。

 

 「できれば腹式ふくしき呼吸をおすすめします。それで感情の乱れを完全に抑制できるわけではありませんが、取り乱している自分自身を客観的きゃっかんてきに見つめることはできますから、我を忘れるほどの事態にはおちいりません。ためしにちょっとやってみましょうか」

 

 腕相撲うでずもうの次は呼吸法。展開が目まぐるしい。

 

 「正坐せいざでも胡坐あぐらでも、適当に楽な座り方で結構です。でも、背筋はきちんと真っすぐ伸ばしてください。そのまま目を閉じて」

 

 言われた通り、わたしは胡坐をかいて目を閉じる。

 

 「おへその下に意識を集中してください。それが難しかったら、吸い込んだ空気をお臍の下に溜めるつもりで呼吸をするだけでも結構です。同時に、大自然から良いものを取り込んで、吐く時は体の中の悪いものを出すイメージで」

 

 最初は腹式呼吸そのものがなかなか上手く行かなかったが、五、六回目にはできるようになった。

 

 それから何度か呼吸を続けるうち、全身がほんのり温かくなってきた。心臓の鼓動こどう鼓膜こまくに響くほど活発化してきた。それはただ脈打つテンポが速くなっただけではなく、鼓動自体が力強くなったようでもあった。

 

 「ではゆっくりと目を開けてください」

 

 数分後、奏哲和尚がげた。

 

 「いかがでしたか?」

 

 「体が温かくなりました。すっきりして何だか不思議な気分です」

 

 「それは良いことです。座禅ざぜん間中あいだじゅう、君は呼吸だけに集中して、悩みの一切いっさいを忘れていたのです。時にはあらゆる雑念ざつねんを捨てて頭を空っぽにすることも必要ですよ。それに、体も温かい方が健康的ですから」

 

 練識功を与えられたあの時の爽快感にも似た感覚だった。

 

 こんな素晴らしいお坊さんに師事しじしているのに、どうしてベルウッドさんはドSで助平で煩悩ぼんのうの塊みたいな人なのだろう?

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