第二章 12 いや、れっきとした変質者だろ。

 それからも、わたしは奏哲和尚そうてつおしょうからいくつかの鍛錬たんれん方法を教わった。

 

 とは言っても、あまり複雑ふくざつな内容ではない。

 

 乗馬の体勢を維持いじして立ち続けたり(いわゆる空気椅子のような体勢)、相手の攻撃を受け流す体捌たいさばきや関節技、棍術こんじゅつや息を激しく吐き出す爆発呼吸等々。

 

 動きそのものは激しくないのだが、同じ姿勢を長時間続けたり、単純な体捌きでもゆっくりおこなうなどすると、思いのほか疲れる。普段、速く動く練習はしていても、ゆっくり動く練習はしていないため、筋肉への負荷ふかの掛かり方が違うのだろう。

 

 あるいはひょっとすると、ベルウッドさんのリアル鬼ごっこよりも肉体的にはハードかもしれない。

 

 どんなに疲れても呼吸に集中、と奏哲和尚には指導されたが、今のわたしには難しかった。

 

 あれやこれやと悪戦苦闘しながら終えた頃には、すっかり外は暗くなっていた。

 

 夕飯にと、奏哲和尚から三つ葉と玉ねぎと蓮根れんこんの入った熱々の卵雑炊たまごぞうすいをお呼ばれした。三つ葉の香りをアクセントに、柔らかく甘い玉ねぎと、蓮根のシャキシャキとした食感がくせになりそうである。

 

 「まだ最終の汽車まで時間があるでしょう。せっかくですからお風呂で汗を流してはいかがですか? 拙僧せっそうお手製の小さく粗末な浴場よくばですが、お湯は源泉かけ流しです。天然温泉で疲れも取れることと思います」

 

 夕飯をご馳走になった上に、天然温泉までいただけるとは。

 

 わたしはお言葉に甘えることにした。


 


 お寺の庭の西隅にしすみに脱衣所の小屋があり、その隣に露天風呂があった。

 

 雨雪けの屋根の下に、ひのきふち取った浴槽は一畳いちじょうほどの大きさで、周りは大小の石をき詰めた洗い場になっていた。

 

 かなり古そうだが、きちんと掃除そうじは行き届いている。

 

 単純酸性白濁泉はくだくせんでお肌スベスベ♪

 

 おまけにここは標高が高いので、下界が眺望ちょうぼうできる。首都東河岸しのかしほどはなやかな夜景ではないが、派手過ぎずひかえめな夜景もまた一興いっきょう

 

 もちろんのぞかれる心配はない。浴場は板塀いたべいで囲まれており、唯一ゆいいつ塀のない西側は下りの急斜面しゃめんしかないので、まれに野生動物が姿を見せる程度なのだ。

 

 こうして丁度良い湯加減の温泉に浸かってマッタリしながら、美しい夜景を堪能たんのうして……

 

 「邪魔するぞ」

 

 ベルウッドさんの声。

 

 聞き間違いではなかった。振り返ると、腰にタオル一丁のベルウッドさんの姿。

 

 「ひゃっ! 何です、いきなり⁉」

 

 わたしはあわてて夜景の方へ向き戻る。

 

 腹筋すごっ。一瞬しか見てないけど……。

 

 「そんな変質者を見たような声出すなって」

 

 いや、れっきとした変質者だろ。

 

 「奏哲和尚も俺も最終の汽車の時間を勘違いしててな。予定よりちょっと早く出ないといけない」

 

 「だからって、いきなり入ってくることないでしょ!」

 

 「どうせ俺は見えないんだ。お前さんが気にしなければ問題ない」

 

 ……まあそれもそうか。

 

 とか、納得するわたしもどうかしてる!

 

 「それに、一人ずつ急いで入るより、二人同時に少しゆっくり入れた方がいい」

 

 それも一理いちりある。

 

 ああ、なんでわたし納得してるんだろう? 

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