第五章 19 もう、剣を握る手に力が入らない。

 原体の存在をっすらと感じた。誰かに示されて……いや、早く見つけるようにと懇願こんがんされているような妙な心地だった。言葉ではなく、思念によるメッセージとも取れる。


 それは練識功アストラルフォースを察知する感覚にも似ているが、少し異なる。何が違うのかとかれても、説明は難しいのだが……。


 首をかしげる二人。


 どうやら、この不思議な感覚を覚えているのは、なぜかわたしだけのようである。


 それでも、二人とも詮索せんさくはしなかった。そんなひまもなかったためだろう。


 「分かった。じゃあ紗希ちゃんのかんを信じるよ」


 きゃっ♥ ノエル先輩に頼りにされちゃった♪ 頑張らなきゃ!


 「よし、紗希、案内してくれ。ノエルの援護をしながらな」


 そして三つ数えて、わたし達は奇岩の陰から走り出した。


 依然いぜんとしてお変わりない醜悪しゅうあくな御姿、響く耳ざわりな奇声、そして一斉いっせいに振り向かって来る触手達。


 簡単には進ませてくれない。原体の存在を感じる位置への道のりは難航なんこうきわめた。


 胴体から十分な距離を取り、その位置まで来たら一気に接近してり込む作戦だったのだが、巨体が接近してきて踏み潰されそうになる。何とか距離を取っても、触手による攻撃が予想以上の以上だ。


 最短最速最安全で近付こうとこころみても、そうは問屋がおろさなかった。


 触手アタックの嵐、時々雑魚紅衣貌ウェンナック。面倒なことこの上ない。


 それらを斬り退け、払い、どうにか原体の位置を目指す。


 雑魚紅衣貌はまだ大した問題ではなかったが、触手アタックは強烈きょうれつだった。


 今のところ、比較的細めの触手なら何とか一太刀ひとたちち斬れてはいるが、剣から伝わる衝撃は凄まじい。受けるたびに両腕が痛いほどしびれ、全身の骨が軋み、そしてずいまでもが震撼しんかんする。少しでも気を抜いたら吹っ飛ばされてしまいそうだ。


 しかも、触手は斬り飛ばしてもまた再生してしまう。これほど努力のむくわれないことがあろうか。


 まったく、元々が変温動物の形体だったくせに、どうしてこんな寒い所で機敏きびんに動けるのやら?


 進むに従い、過激さを増してゆく触手アタック。


 頑張れわたし! 絶対やれる! おにぎり七個も食べたんだから!


 けれども、数ある触手の中にはカバの胴体かそれ以上ある極太級も多く、その破壊力はおそらく大型自動車の正面衝突級(試しに受けてみる勇気はないが)。さすがにそれほどの極太は斬れないので、もろ受けを上手く避けてやり過ごすほかない。


 ほとんどの触手をぶっ通しで斬り続け、さすがに、剣を持つ手の感覚がなくなり始めていた。


 それはベルウッドさんとノエル先輩も同様らしく、息切れ半分の掛け声が聞き取れた。


 実質、進んだのは数メートル程度。それ以上は猛烈で激烈な触手アタックに襲われ、進めていない。しかも依然として巨体もうねっているので、やはり原体に近付いてもまた遠退く。


 わたし達はもはや触手漬け同然だ。殴打されるというより、し潰されて圧死する可能性もある。


 もう、剣を握る手に力が入らない。


 ……と、まさにその瞬間、どこからか数発の光球が飛んできて、わたし達の最寄もよりの触手達を次々と破壊した。


 触手ジャングルがひらけた瞬間を逃さず、何者かが雪上を滑り込んでくる。


 ―――局長だった。




 一旦再度、奇岩の陰まで退避たいひできた。


 奇跡である。局長が生きていた。


 生きていたが、無傷ではない。こうして動けているのが不思議なほど。

 まだ頭や体のあちこちから出血している。きっと致命傷ちめいしょうだけ治して、あの岩片の山から飛び出してきたのだ。


 「死んだと思った? 四〇〇〇グラムの赤ん坊を産んだ体よ。そんなにヤワじゃないわ」


 気丈きじょうに言い放っているが、局長とて体力の限界は近いはず。たより過ぎは禁物だ。


 「嬉しいぞ、局長! 最高に愛してる!」


 歓喜と驚愕にじょうじて、ベルウッドさんが血迷ったことを口走る。


 このオッサンは、相手が人妻だとか、そういったことは一切いっさい気にしないのだろうか?

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