第五章 20 意識が飛んでしまいそう!

 「原体の場所は分かってるの?」


 ベルウッドさんからの愛の告白などがん無視。さすが局長。


 巨大紅衣貌ウェンナックが再びくねりせまってきている。それに、いつまたあの兇器きょうき的激情の波動が発せられるかという恐怖もある。変態オヤジのおたわむれに付き合っている場合ではない。


 そんなことより、このおよんで、わたしは重大な事実を感知した。それは、原体の位置を示し教えてくれているナニモノかの思念が、先程よりも強くはっきりしたものになってきたためである。


 「紗希ちゃんが分かります」


 わたしが返答をためらっていると、ノエル先輩が代わりに答えた。


 「紗希、案内して」


 「……はい、ですけど……」


 口籠くちごもるわたし。


 原体にり込むのはすこぶ難儀なんぎかもしれない。


 戦闘が長引けば長引くほど皆の体力は消耗し、危険度が高くなる。まだ体力がある今のうちに逃げた方が良いのではないか、とも思ってしまった。


 「どうしたの? 分からなくなった?」


 「いえ、その……触手の中に……それも先端の方に原体があるようなんです。動きが速過ぎて斬り込めないんじゃないかって……思いまして……」


 てっきり、核となる原体は胴体の内部にあるものだと思い込んでいた。常識的に考えてもそれが自然ではないか。


 そうは言っても、相手は元々が魔改造をほどこされた紅衣貌。それも変異のし方が計画性など欠片かけらも見られないデタラメなのだ。自然だの普通だのという概念がいねんが通用するはずもない。


 「どの触手にあるのか分かってるの?」


 「はい、分かります」


 答えられる自分に感心。一体、わたしの意識のみに、何が働きかけているのだろう?


 局長は両手を二、三回わきわきと開閉してから、ノエル先輩にたずねる。


 「ノエル、剣は出せる?」


 「あ、はい。出せます」


 ノエル先輩とて絶対的な自信はないだろう。だが、ここはできると返事をするしかない。


 「だったら、何とかなる」




 わたし達は再度、紅衣貌に接近した。もちろん、局長の作戦あっての再アタックだ。


 例によって例のごとく、無数の触手達の攻撃に見舞われたが、先程よりはほんの少しスムーズに進めた。局長がいるだけでこんなにも戦力がアップするとは。


 不意に、紅衣貌の巨体が痙攣けいれんした。


 これはもしかして……!


 やはり来た!


 脳味噌を揺さ振り、精神をズタズタにせんばかりの、あの忌々いまいましい猛毒波動。


 兇器的激情の嵐!


 動けなくなれば、触手で叩き潰されて一巻の終わりだ。


 頭の中に気違きちがいじみた絶叫旋風せんぷうが巻き起こる。


 ああ、どうしよう! 意識が飛んでしまいそう!


 ひざを突きそうになった時、辺りの空気が振動すると同時に、局長が剣を最大リーチで振り回した。


 局長が気合いを発したのだ。それも、とびっきり凄い爆音のような掛け声。


 奏哲和尚そうてつおしょうにちょびっとだけ教わった爆発呼吸とかいうやつに似ている。


 その瞬間、内に響き渡っていた絶叫旋風が霧散消失した。


 奏哲和尚の説明にもあったっけ。エネルギーは常に高から低へと流れる。だから、内面に力が満ち満ちていれば、別の力におかされることはない、と。


 きっと、局長は気合いを爆発させ、心機しんきを一時的に跳ね上げたのだろう。


 あとは、局長自身の迎撃げいげき力も手伝ってるのかな。ベルウッドさんの戯言されごとを頑無視で撃破したほどだから。


 だがしかし、兇器的激情を退しりぞけることができるのもほんのつかの間。局長とて立て続けに同様の気合いを発すことはできない。


 再開された!


 ……が、絶体絶命と思われた瞬間、紅衣貌の全身にあの青緑色の葉脈模様がきらめき走り、猛毒波動は徐々にえていった。


 まただ。やはりナニモノかがこの怪物の暴走を内から抑制している。それに、確証はないのだが、そのナニモノかと、今わたしの意識に干渉して原体の位置を示しているものは、同一の存在のような気がする。


 「紗希、早く案内して!」

 

 「はい!」

 

 局長にむちを入れられ、わたしは再び進み始めた。

 

 局長もほとんど気力で動いている。出血もそのままだ。軍曹の時のように死なせたくはない。急がなくては。

 

 相変わらず打ち付ける触手の雨霰あめあられ。苦難の道だった。体と剣、どちらが先に壊れてしまうか?

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