第四章 3 さすが元傭兵。

 様々な考えをめぐらせながら、わたしは雪の中をただ一向ひとむきにけ続けていた。練識功アストラルフォース無しなら、かりに手ぶらでも、とうに力尽きて行き倒れていたことだろう。

 

 一体、どのぐらいの時間が経過したのか分からないが、さすがに疲れてきたので徐々にペースを落としてゆき、最終的には歩くことにした。

 

 有難ありがたいことに吹雪が収まってきていた。山の天気は変わりやすい、とは本当のようだ。

 

 けれども、天候の良し悪しとは関係なく、そろそろ体力の限界だった。だんだんとかつぐ軍曹だけでなく、自分の足さえも重く感じ始めていたのだから。

 

 いつの間にか嘘のように雲は消え、文字通り満点の星が輝いていた。

 

 新月の今夜、無数の宝石くずを散りばめたような星空は壮観そうかんだった。灯りの多い街場ではおがめない、至極しごくの宇宙絶景である。

 

 星の輝きだけで、氷雪の大地はこんなにも明るく見渡せるのだ。

 

 不思議だった。そんな余裕はないはずなのに、この極限きょくげん状態におよんで感動できるなんて。

 

 それとも、わたしの頭がおかしくなり始めているのだろうか? 

 

 思い返せば、実家にいた頃は、夜空を見上げることなんてなかった。そんな気にもならなかった。ただ毎日の生活とパパに苛立いらだっていたばかりで。

 

 こんな出来の悪い娘でも、死んだらパパは悲しむだろうか? いや、きっと何とも思わないだろう。家出して三ヶ月以上経つが、仕事で関わっている保安局からは何も言ってこない。つまり、パパは捜索願すら出していないということになる。

 

 別に構わない。あの人にそんな期待はしていないのだから。

 

 吹っ切れたわたしは雪原の彼方かなたに視線を向ける。

 

 かまくらのようなシルエットが浮かび上がっていた。

 

 避難小屋だ。朦朧もうろうとしてはいるが幻覚ではない。ここで、やっとほぼ中間地点である。

 

 わたしは気力だけで歩を進め、危なっかしい足取りで小屋に辿たどり着いた。

 

 こびり付いている雪を退けてから、苦労して引き戸を開けて中に入った。

 

 壁と屋根は強風に耐えられるように石造りだが、中は六畳ぐらいの板張りで、中央には小さな囲炉裏いろりがあった。すみには少量だがまきが積まれている。


 ここで一晩休んで、体力が回復したら村を目指そう。


 わたしは軍曹をそっと下ろした。


 「もう着いたのか?」


 少々寝惚ねぼけているようだ。


 この寒さの中、担がれ揺られた体勢で眠れる能力には感心する。それほど疲弊ひへいしているためとも言えるが、いつでもどこでもどんな状況でも、時間があれば休息を取れるように訓練をしてきたのかもしれない。


 「いえ。避難小屋です。朝になったらまた出発します」


 「………そうか。済まなかったな。重かっただろう」


 「いえ。あの強行突破に比べれば、大した労力ではありません」


 わたしはつとめて明るく答え、薪を取った。

 

 「あ、火はくな」

 

 「え? こんなに寒いのに?」

 

 「火を焚けばあかりがれる。また敵さんが俺達を追ってきたら、遠くからでも居場所がバレるかもしれない」

 

 ……なるほど。さすが元傭兵ようへい。これも戦地での経験から学んだのだろう。


 「でも……足跡付いてますけど……大丈夫でしょうか?」


 途中から吹雪が収まった。それからの足跡は雪の上に残ってしまっている。


 「奴らが近くまで来ないことを祈ろう。今からまた外に出て止め足をするのも億劫おっくうだしな」


 「止め足?」


 「ちょっとかしこい獣がやるんだ。自分の足跡を踏んで戻ることで、追手を攪乱かくらんする。……まあ、今は体を休めた方がいい」


 軍曹はそう言うと、ゆっくり深呼吸をした。


 きっと、普通にしゃべるだけでも辛いのだろう。


 わたしは軍曹の隣に座り、壁に寄り掛かった。


 怪我が痛む。体が重い。頭痛までしてきた。練識功のお陰でここまで来られたが、やはり肉体疲労が尋常じんじょうではないようだ。


 「あのなぁ、紗希。お前さんに言っておきたいことがある」


 急に改まって軍曹が切り出した。

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