第四章 4 やってくれましたね。お二人とも。

 「? 何です?」

 

 「……その……局長と俺は本当に何でもない。色恋沙汰ざたたぐい一切いっさいなかった」


 今言うんかい、それ。


 せっかく忘れかけていたのに、またいけない妄想が再発してしまいそうで逆効果である。


 「さしずめ、局長はめから俺を引っ張り出してくれた女神ってところだ。まあでも、正直……俺にとっては、世界平和だの何だの、なんて二の次だ。ただ、その女神が人生をけて紅衣貌ウェンナック殲滅せんめつを成しげようとしているのなら、俺は局長の武器に……剣にでも銃にでもなるつもりでやってきた。局長に必要とされることで、俺は正気でいられたんだ。要するに、何の取柄とりえもない俺は、生きるどころが欲しかっただけなのかもなぁ」


 得意気でもありながら、それ以上に哀切あいせつにじんだ告白。


 このに及んで、局長とは何でもないと言い切るなら、そこは信じることにしようかな。


 「取柄がないなんてそんな……。今回、軍曹がいたから……いえ、一緒にいたのが軍曹だから、ここまで逃げて来られたんだと思います」


 お世辞せじや取りつくろいではなく、わたしの正直な見解だった。


 もしも、同行したのが軍曹以外の誰かだったら、局長でもベルウッドさんでもノエル先輩でも、きっと、あの決死行は成し得なかった。戦場を駆け回りいつくばり、死戦をくぐり抜けてきた軍曹だからできたことなのだ。


 強く勇敢で賢く、情が厚い人。わたしはこんな人間になれるだろうか?


 ―――そう。情が厚い。


 今頃になって、わたしはとんでもない勘違いをしていたことに気が付いた。


 相手を次々にり散らし巻き上げていたあの時の軍曹は、決して戦闘狂でも殺人機械キリング・マシーンでもなかった。なぜなら、敵の大虐殺ぎゃくさつではなく、仲間わたし生還せいかんさせること、ただその一心で突き進んでいたのだから。


 「そいつは嬉しいな。素直に喜んでおく」


 軍曹は照れたように鼻で笑い、次の言葉をぐ。


 「……それと……紗希、お前さんには事後報告になって申し訳ないが……実はこの前の休みに、俺は……っ」


 しかし気になる所で、台詞を中断し息を呑んだ。


 その理由はわたしにも分かった。


 外から奇妙な音が聞こえてきたのだ。


 ヒューヒューという風の音。また少しずつ吹雪き始めてきたのだろう。


 問題はそれ以外の音。


 まだ大荒れにまでは達してない吹雪の音の中に、何か別の音が混ざっている。


 疲労による耳鳴りとも違う。それは次第にはっきりしてきた。


 山鳴り? 猛獣の唸り声? 機械音? エンジン音?


 もしかしてスノーモービル?


 こんな夜分に誰だろう? 村の人が何かの用事で乗っているだけかもしれないし、あるいは考えたくもないが、敵かもしれない。


 緊張が走った。


 確実に、エンジン音はこちらに近付いてくる。通り過ぎるのか、それとも止まるのか。

 

 恐怖にまれそうだが、ちぢこまってはいられない。敵だったら、わたしが退しりぞけなくては。今度はわたしが軍曹のために死力を尽くす番である。

 

 「よ、様子を……見てみます」


 ああ、声が裏返ってる。深呼吸深呼吸。


 「戸を細く開けた隙間すきまからのぞくんだ。こっちの存在をさとられないようにな」


 わたしは言われた通り、戸を少しだけ開けて外の様子をうかがった。


 徐々じょじょに激しさが増す吹雪の向こうに、ボンヤリとあかりが見える。


 人工的な光である。


 程なくして、吹雪の中からスノーモービルが現れた。防寒用の帽子とマスク、それにゴーグルまで着けていて顔は見えないが、やって来た人物は体型からして男性のようだ。


 風の音が大きくなってきた。もはや猛吹雪である。


 「誰か来ました。男の人みたいです」


 わたしは軍曹を振り返り、小声で言った。


 「……嫌~な予感がするな」


 軍曹は立ち上がり、身構えた。


 わたしも固唾かたずを呑み、剣を抜く。


 途端とたん、戸がゆっくりと開けられた。雪と強風が吹き込んでくる。


 反射的に飛び退くわたし。


 「やってくれましたね。お二人とも」


 男性の第一声。そしてゴーグルを目上に上げ、マスクを下ろす。


 その知った顔を見て、軍曹とわたしは絶句した。

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