第五章 22 信じられなかった。目を疑った。

 両手にナイフをかまえた深紅の人型。


 ただの雑魚紅衣貌ウェンナックでないことはすぐに認識できた。


 信じられなかった。目をうたがった。こんなことがあり得るのだろうか? 大蛇型紅衣貌に取り込まれ、想定外のデタラメ変貌へんぼうげたにもかかわらず、離脱りだつ、独立し一個体として形をせるとは。


 それは顔がのっぺらぼうな人型紅衣貌だったが、わたし達は即座そくざさとった。


 まぎれもなくナヒトだと。


 ノエル先輩凄い。よく反応できたなぁと感心する。


 局長もベルウッドさんもノエル先輩と同じタイミングで、こののっぺらぼうの接近に気付いていた風だが、触手をり払うだけで手一杯だったようだ。


 勘付かんづけなかったのわたしだけ? つくづく自分にウンザリする。


 ノエル先輩は脚を振って飛び起きざま、練識功の剣でナヒトのひざ辺りをぎ払う。……が、軽く飛んでかわされ、かすりもしなかった。

 

 生きていた時より動きが速い⁉

 

 「……ったく、雑魚の分際ぶんざいで毎度毎度ムカつく野郎だな!」

 

 ベルウッドさんからまたまた雑魚呼ばわり。

 

 ナヒトはベルウッドさんをにらみ付けると(なぜかそう見えた)、二本のナイフをクロスさせながら飛び掛かった。


 あれ? もしかしてこの兄ちゃん、ちょっと怒った? 紅衣貌になっても気にするのかな。


 とにもかくにも、触手が絶え間なく襲って来るこの状況で、ナヒトの介入は面倒千万せんばん


 ベルウッドさんは舌打ちし、横へ飛んでナヒトの攻撃から逃れた。


 しかし、触手への注意がお留守るすになってしまう。


 そこへ、数発のエネルギー弾が出現し、最寄もよりの触手数本に直撃した。


 ノエル先輩だった。一旦、練識功の剣を引き、触手の撃退に入ったのだ。

 

 咄嗟とっさ機転きてん! さすがノエル先輩、顔良し腕良し頭良し♥


 かさず、ベルウッドさんが大きく踏み込み、ナヒト目掛けて剣を振り下ろす。


 しかし直前でけられ、肩をかすめただけだった。


 ナヒトは鼻で笑い(なぜかそんな気がした)、跳躍ちょうやくして触手のジャングルの彼方かなたへと姿を消した。


 死んでからも嫌な奴。邪魔のし方に非の打ち所がない。嫌がらせの天才だ。


 気を取り直し、ノエル先輩は再度練識功の剣を作った。両手をわなわなとふるわせ、辛そうだ。もう、そう何度も作れないかもしれない。


 それに、わたしはもちろんのこと、局長もベルウッドさんも、これ以上戦闘が長引けばおそらく力尽きてしまう。


 ああ、わたし、もうちょっと頑張れ! おにぎり七個も食べたんだから!


 ノエル先輩は気勢きせいふるい立たせるべく、腹の底から雄叫おたけびを張り上げ、踏み出した。


 荒波のような音を立てながら、触手が一斉にノエル先輩に狙いを定めてきた。


 ええい! わたしの大事なノエル先輩に手出しさせるか!


 局長やベルウッドさんと同時に、わたしもノエル先輩をガードできる位置に回った。


 かつてないほど熾烈しれつきわめた。紅衣貌も必死なのだろう。


 局長がノエル先輩の頭上へと跳び、有り得ない軌道きどうを描いて接近する触手に斬りかかる。


 ……って、触手ではない。再びナヒトだ。


 先程と同様の角度で来るのだから、意外と単細胞である。局長もある程度の予測はしていたのだろう。


 これほど混沌こんとん状態の触手の間をってやってくるのだから、単細胞であっても人間わざではない。……まあ、今となっては人間ではないのだが。


 局長はほとんど体当たり状態だった。


 ベルウッドさんとわたしも剣だけではなく、腕や脚までも使って、九割方根性で触手をぶっちぎりぶっ叩きぶっ飛ばした。


 ノエル先輩は二発目の雄叫びと共に、くだんの極太触手へと飛び乗った。


 ベルウッドさんが追い、わたしも続こうとしたが、二体の雑魚紅衣貌達に行く手をはばまれる。


 乱舞らんぶする極太触手の上、ノエル先輩は走るのはおろか、立っていることさえ困難なようだ。


 でもベルウッドさんは走ってるし!


 触手の動きに合わせて体重移動し、バランスを取っているのだろうか? どういう体幹してるんだろう? 紅衣貌と化したナヒトより、このオッサンの方が人間離れしている。


 あんじょう、ノエル先輩は足を踏みはずしてしまった。


 これまた離れ業で、ベルウッドさんがノエル先輩の片腕を掴まえ、触手に剣を突き立て踏み止まった。


 わたしは何とか雑魚紅衣貌二体を斬り倒す。


 ベルウッドさんは突き立てた剣をじくに、ノエル先輩の腕を掴んだまま、時計回りに高速回転を始めた。


 まさか、スイングバイでノエル先輩をぶん投げるつもり? 暴れうねる触手を足場に?


 だとしたら、発想が狂怪きょうかいの極みだ。このオッサン、とうとう頭がおかしくなった!


 「行っけええええ!」


 ベルウッドさんは特大の気合いと共にノエル先輩をおっぱなした。

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