第五章 23 ついて行けるとお約束できない。

 同時にノエル先輩も練識功アストラルフォースの剣を再発動しつつ触手を蹴って大跳躍だいちょうやく。超絶スイングバイのモーメントを最大限にかし、まさに音速越えの電光石火でんこうせっか、コバルトグリーンの稲妻として、瞬刻しゅんこくで触手の先端までの到達を果たした。


 こんな人間離れした予告なしの地獄の荒業あらわざに、躊躇ちゅうちょせず対応できてしまうノエル先輩も超人的にステキである。


 ノエル先輩の渾身こんしん一太刀ひとたちが、先端部分をななめに斬り飛ばした。


 鋼鉄同士が激しくこすれるような絶叫。


 鼓膜こまくつんざかれそうなほどビリビリと震えた。この奇声だけでも、脳細胞が物理的に破壊されてしまいそうだ。


 原体の断末魔だんまつまだ。天然紅衣貌ウェンナックの原体と違い、こんな奇怪な悲鳴を上げるのだ。




 今度こそ、原体を破壊した。


 巨大紅衣貌は糸の切れたあやつり人形のように、まるで先程までの暴悍ぼうかんぶりが嘘のように、触手をバタバタと地面に落とし、動きを止めた。


 ベルウッドさんとノエル先輩は地面に転がり落ちた。


 かさず局長が駆け寄ってくる。


 ナヒトの姿がない。局長にかなわないとさとり、どこかへ逃げたのだろうか?


 不気味なほどの静けさに包まれ、それがまるであの世に来てしまったかのような不安さえしょうじさせた。


 けれども、そんな静けさもほんのつかの間だった。


 みちみちみち、みりみりみり、と、筋っぽい生肉が引きちぎられるような音が聞こえてきたのである。それもあちらこちらから。


 原体を失い抜けがらとなったはずの紅衣貌の巨体が何やらうごめいている。


 「何だ? 何の音だ?」


 ベルウッドさんが怪訝けげんな口調でつぶやく。


 んげげ! もしかして……!


 この魔改造紅衣貌、バラけ始めている?


 ナヒトの説明通りなら、原体を叩かれたり失ったりしても活動は停止せず個々に分離し、それらはわずか数時間で無にす。……が、逆を言えば、今から少なくとも数時間は動き続けるということ!


 そう。強引に押し固められた状態なのだから、一緒のまま痛みを分かち合えるほど仲良しのはずもない。結局、課題だった結合力の脆弱ぜいじゃくさは、新奇器官エキゾチックオーガンを取り入れたところで克服できなかったのである。


 お粗末かな、魔改造されて良かった唯一ゆいいつの点は、悪臭がしないこと、だけだった。


 とにかく、一刻も早くこの怪物から離れた方が良い。


 だが時すでに遅し、巨大紅衣貌の触手が、胴体が、崩れていた。


 巨体のあらゆる部分で、人や動物やはたまた正体不明の形の個体が浮き現れ、みちみちみりみりと気持ち悪い音を立て、糸を引きながら単独で動き出す。


 大小様々だが、ざっと見て一〇〇、二〇〇……いや、もっと多い。


 一難いちなん去ってまた一難。独立した紅衣貌達はたちまちわたし達を取り囲み、包囲網をせばめてきた。


 「タチの悪い紅衣貌ね!」 


 局長が悪態あくたい気味に怒鳴り、近付いてきた一体を袈裟斬けさぎりする。あまり驚いている様子ではない。やはり、頭の片隅かたすみで分解の可能性を想定していたようだ。


 わたし達全員、満身創痍まんしんそういである。今からまたこれほどの数の紅衣貌を相手にしなくてはいけないとなると、本当に体力が尽きてしまう。


 ああもう! はるか限界の彼方かなたまで頑張ったのに、これで助からないなんて詐欺さぎだ!


 全力で応戦するしかない。斬って斬って斬りまくって、地道に個体数を減らすしか……。


 でもたった四人で、ほとんど気力だけで立っている状態で、いつまで持ちこたえられるだろう? 普通の剣で斬れば再生せずに倒れてくれるだけ、先程までの巨大紅衣貌よりはマシかな。


 ノエル先輩が小さなエネルギー弾を数発撃ち散らし、最寄もよりの七体を倒すが、後から後から際限さいげんなくせまり来る。


 なけなしの練識功だったのだろう。ノエル先輩は少しよたついてしまった。


 「強行突破! 全力でわたしに続いて!」


 局長が叫んだ。


 ついて行けるとお約束できない。それどころか、局長自身でさえひざがわなわなと震えている。極度の疲労が脚に来ているのだ。突破口をひらき終える前に力尽きてしまいそうである。


 ……と、出し抜けに、背中を叩かれた。

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