第五章 24 死ぬな! 死ぬな!

 局長が、ベルウッドさんが、ノエル先輩が、ほぼ同時に悲鳴を上げた。


 胸から銀色の物体……刃物の先のようなものが生えている。


 違う。生えているのではない。叩かれたわけでもない。


 刺されたのだ。背中から。


 犯人はもちろん、紅衣貌ウェンナックと化したナヒト。はなはだ気色悪いことに、わたしの肩を片手でしっかりとロックオンしていた。


 誰も接近に気付けなかった。他の大量の紅衣貌達と気配がまぎれてしまったためだ。それに、疲労困憊こんぱいでいつもよりかんにぶっていたのかもしれない。


 「くたばれ!」


 ベルウッドさんがたけり吠え、ナヒトの頭を叩き斬った。


 「紗希! しっかりして! すぐに治すから!」


 局長が駆け寄ってきて、雪上に膝を付いたわたしの体を支えた。


 こんな大怪我を治したら、局長まで倒れるかもしれない。わたしを置いて逃げてください!


 しかし、わたしの口から出たのは言葉ではなく、熱い血のかたまりだった。


 しゃべることはおろか、呼吸まで苦しい。


 ベルウッドさんとノエル先輩も必死に剣を振りながら、わたしの名を呼んでいた。


 遠くで犬の鳴き声がする。かなりの数のようだ。


 ? なんで犬の声? 視界もかすんできたし、いよいよ死ぬ間際まぎわの幻聴かな?


 ビュッ、と風を切る音。


 ななめ上方から細長い物体が三本飛んできた。


 それらは、まさにわたし達に喰いかかろうとしていた紅衣貌達のうちの三体を貫通した。


 矢だった。意識が朦朧もうろうとしてきたが、たぶん幻覚ではない。矢を受けた紅衣貌達が雪上をのたうち回っているのだから。


 それを皮切りに、あちこちの方角の斜め上方から矢が次々と飛んできた。


 たぶん、奇岩を少し登った辺りから撃っているのだろう。


 わたし達には決して当たらず、近くの個体から確実に射抜いてゆく。


 堅強けんきょうそうな矢の作り、完璧な的中率。覚えがある。


 紅衣貌達はどんどん射抜かれ、次々と倒れてゆく。


 痛みよりも息苦しさがひどく、皆の姿も、みるみる数を減らす紅衣貌達も、次第に見えにくくなってきた。


 「サキ! 仲間いっぱい来た! 死ぬな! 死ぬな!」


 薄れゆく意識の中、皆の呼び掛けに混じり、どこからか、コタンシュさんの声も聞こえた。


 やっぱりニウア族だった。コタンシュさん、ありがとう。本当に助けに来てくれて。


 皆の呼び掛けが遠く小さくなってきた。大声のはずなのに。


 頭がぼんやりしてくる。わたし、もう死んじゃうのかな。


 でも良かった。他の皆は助かる。弓の名手ニウア族が来てくれたのだから。

 



 ―――ありがとう。


 少年とも男性とも付かない声が響いた後、わたしの意識は暗転した。

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