第四章 1 緊張と恐怖でまた体が竦みそうになる。

【⚠ このエピソードには残酷描写があります ⚠】  


 銃弾も矢も数発受けている。出血もある。でも、この吐血は怪我由来ゆらいではない。

 

 「今さら血を見て驚くな」

 

 少し息がととのってきた軍曹は茶化ちゃかすように言った。

 

 確かに、わたし達は自分からの出血より相手の返り血で血だらけだ。吐血で狼狽うろたえるなんて滑稽こっけいなことかもしれない。

 

 「……病気……ですよね?」

 

 「大したことはない。ま、不摂生ふせっせいたたったんだな」

 

 血を吐く病気で、大したことのないものなどあろうか?

 

 しかし、問い詰めているいとまはなかった。

 

 追手がやって来たのだ。しかもなんと前から。

 

 ざっと見て七、八十人はいる。


 わたし達の前に回り込んできたとなると、もしやあの通風孔つうふうこうを通って外に出てきたのだろうか? このありの巣のような洞窟どうくつなら、どこにどう通路があっても不思議ではないが。

 

 連中は行く手をはばむように包囲網ほういもうを作り、お地蔵じぞう様をお構いなしに蹴り倒している。なんてばち当たりな!

 

 螺旋らせん階段での軍曹の大虐殺だいぎゃくさつ(とか言うと人聞きが悪いのだが)に、恐れをなして追跡をやめたわけではなく、別ルートで先回りをしていたのだ。

 

 たった今まで全力疾走しっそうをしてきたことに加え、手負いの身でもあるので、思うように体が動くか不安がよぎる。

 

 何より、これ以上軍曹に無理をさせれば命に係わる。

 

 「畜生ちくしょう。もう一戦ブチかますか」


 軍曹は剣を握り直して立ち上がった。


 「俺が突破口とっぱこうを開く。背中は任せたぞ」

 

 もっと実力があれば、わたしが先頭を切って突撃できるのに。このに及んで、吐血までした軍曹に頼らなくてはいけないなんて。その並外れた気概きがい有難ありがたく、そして不甲斐ふがいない自分が情けなくうとましく感じてしまう。


 軍曹が再び全力ダッシュし、わたしも後に付く。


 連中が前後左右からせまって来た。


 よどみない軍曹の体捌たいさばき。


 突進しつつもたくみに体の向きを変え、ナイフを、ボーガンをかわしながら、相手を一撃必殺でり伏せ、ぎ散らし、巻き上げる。


 連中が素人しろうとだから良いようなもので、これが全員戦闘や格闘のプロだったら……と考えると恐ろしくなる。


 わたしもうかうかしてはいられなかった。後方にも何人か回り込んで来ていたのだから。


 素人の動き。見切れる。……が、二人、三人と続けざまに掛かって来られるとあせってしまう。


 緊張と恐怖でまた体がすくみそうになる。


 でも、紅衣貌ウェンナックに比べれば、奏哲和尚そうてつおしょうのあの大立ち回りを思えば、問題ではない。


 奏哲和尚と言えば、深呼吸を推奨すいしょうされたっけ。


 わたしは可能な限り深く呼吸をし、踏み出した。


 一人目を左へステップして躱し、その後頭部に剣のを打ち付ける。


 次いでナイフを振りかざしてきた二人目、ナイフが振り下ろされる前に接近してその手を抑え上げつつ、鳩尾みぞおちにエルボー。


 その後ろから向かってきた三人目に、体をくの字に曲げた二人目を渾身こんしんの力で突き飛ばす。


 四人目、五人目……んげげっ! ボーガン⁉

 

 わたしは咄嗟とっさにもう一度二人目の胸倉むなぐらを掴まえて盾にした。

 

 ぎゃっ! と悲鳴が上がる。

 

 わたしに目掛けて放たれた矢は、二本とも二人目の背中に突き刺さった。

 

 正当防衛! 撃ったのは相手であり、わたしは悪くない!

 

 四人目、五人目の頭を、次の矢の準備が整う前に、剣の平でぶっ叩く。

 

 わたし凄い! 練識功アストラルフォース無しでも、やればできる! 相手が人間なのでさすがに殺すことはできなかったけど。

 

 わたしは再び軍曹の背を追いかける。

 

 横から後ろから矢が何本か飛んできたが、剣で叩き落とし、防寒着のジャケットのすそを振ってからめ取り、どうにかやり過ごした。

 

 また軍曹がき込んでいた。でも勢いはおとろえず。

 

 敵の包囲網の陣形じんけいはまるでくさびを打ち込まれたように変形し、ついには軍曹の行く手にみちを空ける形となった。

 

 徐々じょじょに景色が白くなってきた。足元にも、周囲のお地蔵様や岩にも雪が積もっている。

 

 渓谷出口が見えてきた!


 ……って、喜んでもいられない。渓谷を出たら豪雪で足場が悪くなるのだ。ボーガンで一斉いっせいに狙い撃ちでもされたらどうしよう?

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