今さらのプロローグ 14 むしろ拷問です。

 「訳無いこともない。実際、正確に周囲の状況を認識するためにはかなり気を張るんだ。戦闘ともなれば練識功アストラルフォースでいつもより何倍も感覚を強化して鋭敏にする。四六時中感覚をませていると疲れるから、普段はガン助にたよってるんだ」

 

 「なあんだ。人一倍地獄耳ってわけじゃなかったんですね」

 

 「地獄耳は本当だ。それに鼻もガン助ほどじゃないが並み以上にはく」


 昨夜のあの規格外なコロンの利かせ方からして、鼻が利くというのは到底とうてい信じられない。ガン助を同じ空間に置くのは動物虐待ではなかろうか。


 「それより紗希、お前さん、なんでオフィスなんかで寝泊まりしてるんだ? 実家うちが遠いのか?」


 「実家は……東河岸しのかしです」


 わたしは立ち止まり、ボソッと答えた。


 「東河岸? そんな都会から、なんでこんな田舎に来た?」


 ベルウッドさんも数歩先で立ち止まり、興味深そうに、いや、むしろ怪訝けげんそうに訊ねてきた。


 「わたしも練識功の保持者ですから、アンブローズに入るためです」


 「そうじゃなくて、なんで、、、ここに来た?」


 「……それは……いわゆる……」


 「……もしかして家出か?」


 変な部分で勘の鋭い奴。

 

 「……明瞭簡潔めいりょうかんけつに言うと、そういうことです」

 

 「何が『明瞭簡潔』だ? この不良娘。親が心配してるだろ」

 

 「してるでしょうね。パパにとっては、わたしの勉強が遅れたら一大事ですし」

 

 わたしは投げりに吐き捨てる。

 

 思い出すだけで嫌悪けんお感がき上がった。期待通りの成績を上げないとパパの機嫌が悪くなるばかり。元々、高校だってそれほど行きたかったわけでもないのだから、苦痛でしかない。

 

 「何だ、やっぱり学生か。学校に行かせてもらえるのは幸せなことだろ。贅沢ぜいたくな悩みだ」

 

 「戦時中を思えば恵まれてるって言いたいんですよね。でも、これは高級な料理だ、こんな美味しい物を食べられるなんて贅沢だ、どんどん喰えって、無理矢理口の中に押し込めてるのと同じことです。贅沢だろうと恵まれていようと与える量には限度がありますし、与えられた本人が幸せだと思わなければ何の価値もないゴミクズと一緒ですよ。むしろ拷問ごうもんです」


 「……まあ、それも一理あるな。ただ、俺の親父に比べれば何倍もマシだって思っただけだ」


 そう言ったベルウッドさんの表情に、ほんのりうれいが垣間かいま見えた。

 

 「ベルウッドさんのお父さんって、どんな人なんですか?」

 

 「母親が病気で死んでから、毎日飲んだくれては俺をブンなぐって失明しつめいさせて、挙げ句に道端みちばたに置き去りにした、それこそゴミクズ同然の奴だ。世の中のために、今頃どこかで野垂のたれ死んでることを願うよ。あの時、今のママが偶然ぐうぜん通りかかって拾ってくれたから、俺はこうして生きていられるんだ」

 

 「………」


 言葉を失うわたし。お気楽助平オヤジにも、そんな過去があったのか。


 「……で、お前さんの家出の件、局長は知ってるのか?」


 「もちろん話しました。わたし自身、気持ちの整理がついたら、ちゃんと実家に連絡するようにと言われました」


 「そうか。局長が了承済みなら、俺は何も口出ししない。ラーメンでも食べて帰るか」


 ベルウッドさんは晴々はればれと言い、再び歩き出す。


 「? なんでいきなりラーメンが出てくるんですか?」


 「ラーメン嫌いか? ウチの近所に旨い店があるんだけどな」


 「……好きですけど……。分かりました。ごちそうさまです」


 わたしはお礼を述べ、早足でベルウッドさんに追い付いた。


 「誰がおごるなんて言った?」


 「お子ちゃまはお金がないんです。養育は大人の義務ですよ」


 「こういう時だけお子ちゃまづらするな」


 「言い出しっぺが奢るのは当然です!」


 ガス灯がともり始めた通り、ベルウッドさんとわたしはそんな言い合いをしながら、夕焼けを背に繁華街はんかがいへと向かって行った。

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