第四章 7 おりから、吹雪が金切り声のような慟哭を上げた。

 もうおしまいだ。軍曹は殺されてあの紅衣貌ウェンナック餌食えじきにされ、わたしはナヒトのオモチャにされる。

 

 おりから、吹雪が金切り声のような慟哭どうこくを上げた。聞いたこともない異様な音だった。

 

 ナヒトが発砲した。

 

 軍曹にではない。左手の慟哭の彼方かなたに向けて。

 

 ナヒトはひどあせった様子で後ろへ飛び退く。


 直後、横から猛スピードで青緑色の発光体がぶっ飛んできた。凄まじい勢いで猛吹雪を裂き分けながら。


 吹雪の異様な音の正体はこれだったのだ。


 青緑色の発光体は雪上を滑り大量の雪を散らし上げ、避難小屋へと突っ込んだ。


 避難小屋倒壊。


 軍曹もわたしも、ナヒトでさえも唖然あぜん


 間を置かず、吹雪の向こうから光とエンジン音が近付いてきて、スノーモービルが現れる。


 その後ろのそりから飛び降りた二人の人物を見て、わたしは目をうたがった。


 なんと、局長とノエル先輩!


 すると、倒壊した避難小屋に埋もれているのは消去法でベルウッドさん?


 「軍曹、紗希、無事だった? 間に合って良かった」


 局長が軍曹とわたしの側にけ寄ってきた。


 とりあえず生きてますよ~。無事じゃないけど。


 ああ、安心したら涙が出そう。


 もはや、ナヒトなど恐るるに足らず。このさい、避難小屋倒壊もナヒトのせいにすればいい!


 「軍曹を先に治してください。わたしよりずっと重傷なんです」


 わたしが言うと、軍曹は軽く眉をひそめて局長を見つめ、首を横に振った。


 局長はどこかあきらめたような表情でうなずくと、スノーモービルに乗る男性に声を掛けた。


 「朱室しゅむろさん、この人を乗せてください」


 「あいよ」

 

 朱室さんと呼ばれた中年男性はスノーモービルから降り、軍曹を抱えた。


 「あの……局長、軍曹を……」


 「じっとしてて。あなたも相当な重傷なんだから」


 局長がわたしの背に手を当てる。


 その数秒後、全身が熱くなり、体に刺さり喰い込んでいた矢と弾丸が、再生する細胞にゆっくりと押し出されてきた。痛みも徐々に消えてゆく。


 「あれほど全員での出動をこばんでおいて、どういう風の吹き回しですか?」


 ナヒトが減らず口を叩きながら後退し、軍曹の捨てた剣を拾う。


 ノエル先輩はいちいち律儀りちぎに答えるつもりはないようで、剣を手にナヒトにせまった。


 先手、ノエル先輩からの突き。


 速い! 練識功アストラルフォースで身体能力を上げている。

 

 ナヒトは半歩横へ動いてかわした。

 

 ノエル先輩からもう一度突き、次に払い、さらには蹴りや肘鉄ひじてつと、体術を交えた攻撃。

 

 なんて凛々りりしく雄々おおしく颯爽さっそうたる魅力的な勇姿! わたしのためにこんなにも体を張って!

 

 ナヒトが鼻を鳴らす音が聞こえた。嘲笑ちょうしょうしたのだ。

 

 くやしいが、真面目まじめな話、理由はわたしにも見て取れた。それはノエル先輩の実力が、瀕死の状態の軍曹にさえおよんでいないため。


 先程の軍曹との立ち回りを見れば、この兄ちゃんが精神構造だけでなく身体能力も普通でないことは了然りょうぜんだ。


 ナヒトは剣をもちいず、体捌たいさばきだけでノエル先輩の攻撃をやり過ごしている。武器を使うまでもないのだ。


 ナヒトは身を低くしてノエル先輩のふところに入り、剣の切っ先でその左胸をねらった。


 ノエル先輩は咄嗟とっさに横転してナヒトから距離を取り、ナヒト目掛けて剣を投げた。


 これまた半歩の足捌きで、飛んできた剣を躱すナヒト。


 ノエル先輩は雪を散らして跳ね起き様、ナヒトに猛進した。


 その手に、練識功の剣を構えて。


 凄い。剣を作れるようになっていたなんて。


 けれどもナヒトは余裕の物腰。


 剣で雪をすくい投げ、ノエル先輩の顔面に浴びせた。


 ノエル先輩は反射的に顔を片手で覆った。


 せっかくの練識功の剣も引っ込んでしまった。


 「軍曹殿との手合わせの方が、よほど生きた心地がしませんでしたが……?」


 「じゃあ、俺がその心地にさせてやるよ」


 ノエル先輩にりかかろうとしたナヒトの背後から声を掛けたのは、ようやく瓦礫がれきの下から生えてきたベルウッドさんだった。ゾンビみたい。


 「保安局に引き渡す前にな」


 そして、威嚇いかくするように剣をビュン! と振り鳴らす。

 

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