エピローグ 6 ……って言うか、あんたのお父さんじゃないだろ。

 朝日が顔を出し、その人物の左半分をあわく照らし出す。

 

 茶色い毛皮の帽子に紺のコートを着込んだ四十代半ばの見るからに……って、あれ?


 「……パパ?」


 他でもない、鞍馬雄蔵くらまゆうぞう。わたしの父親である。


 「ゑっ⁉ パパ⁉」


 ベルウッドさんは頓狂とんきょうな声を発して体を痙攣けいれんさせ、持っていたなたを跳ね投げた。


 「……おっ、おっとーさんでしたか! 失礼しました! 寒いですし、中へどうぞ!」


 なぜかかつてないほどの動揺どうようを見せるベルウッドさん。


 ……って言うか、あんたのお父さんじゃないだろ。


 ベルウッドさんは引きった笑いを浮かべてわたしの頭をポンポンとでると、パパを中へとまねいた。


 リビングで眠っていたガン助が目覚め、ソファから飛び降りた。


 「何の用? なんでこの場所が分かったの? 私立探偵にでも調べさせた?」


 「お前が出て行ってから二日後に、私宛てに大学に電話があった。誰からだと思う?」


 パパはラックに帽子とコートを掛けながら、み合わない質問を返す。


 そんなこと、わたしが分かるわけなかろうに。その場にいたわけでもなし。


 それに、質問に質問で返すこと自体非常識。やっぱり相手ひとの話を聞かない。自分の言いたいことを言って、かたよった価値観を押し付ける。


 わたしが家出したことで、少しは反省してい改めたかもしれないという淡い期待は裏切られた。


 「神楽坂局長だ」


 「え……? 局長が……?」


 パパの口から、まさか局長の名前が出てくるとは、意外中の意外だった。


 アンブローズに入った当初、確かにわたしは局長に実家の住所と保護者の勤務先を伝えた。未成年のわたしをやとう上で、形式的な手続きの一環いっかんということで。


 よもや、パパに連絡をしていたとは露知つゆしらず。


 もっとも、黙っていれば局長も軍曹もわたしを誘拐したと見なされてしまう。保安局と連携れんけいして仕事をするにあたり、そんなことは言語道断ごんごどうだんである。


 「今も、毎日のように連絡をしてくる」


 「つまり……何が言いたいわけ?」


 わたしはつっけんどんにたずねた。


 勉強けの毎日に嫌気いやけして家出をしたが、それ以前から紅衣貌ウェンナックを退治する組織であるアンブローズのうわさは聞いていた。そのアンブローズに入るために、この契羅城ちぎらきに来たのだ。今は勉強の好き嫌いやパパへの反抗心は別として、アンブローズの仕事にやりがいも誇りも感じ充実している。


 しかしありのままの現状を聞いて、パパが納得するはずはない。何が何でもわたしを連れ帰ろうとするに決まっている。


 まず第一に、わたしを一流大学まで進学させてえらい教授か博士にすることに血道ちみちを上げているパパにとって、わたしが学問を拒否するのは絶対許せないこと。


 第二に、パパはアンブローズも紅衣貌ウェンナックも、そして練識功アストラルフォースについても、自分達とは遠い遠い遠い存在だと思い込んでいるばかりか、アンブローズそのものを終末思想の狂信集団の一つだと決め付けていた。だから、アンブローズで働くためにこの契羅城にとどまりたいとわたしが言おうものなら、それこそ大反対することは目に見えている。


 たとえわたしが練識功を実演して見せても、り固まった観念が変わることはないだろう。


 我が親ながら実に面倒くさい男なのだ。ベルウッドさんの方がはるかに扱いやすい。


 「どうぞお掛けください、お義父とうさん、いい機会なので、僕がきちんと説明します」


 ベルウッドさんが低くかしこまった声色こわいろで切り出した。


 だから、あんたのお義父さんじゃないだろうが。しかもまた『ボク』とか言って気持ち悪い。


 「その必要はない。ええと……ルーサー君……だったかな」


 パパはソファに腰を下ろし、寄って来たガン助の頭を一撫ひとなでしてから続けた。


 「将方まつかたさんから話は聞いた。わざわざ東河岸しのかしまで足を運んでくれてな」


 今度は軍曹の名前まで出てきた。これもまたわたしにとっては驚愕きょうがくきわみだった。しかも、軍曹が東河岸まで出向いていただなんて。


 思うに、本当は局長が話をしに行くつもりだったのかもしれない。しかし、まだ若い局長よりも、パパと年齢の近い自分が行く、と軍曹自身が申し出たのだろう。わたしの想像だが。


 実質、軍曹は副局長なのだ。年齢的な面も手伝い、説得力は十分にある。


 「パパも人の話を聞くことがあるんだ」


 わたしは嫌味を吐かずにはいられなかった。帰る気は毛頭もうとうない。このさいだから鬱憤うっぷんあますことなくぶつけ、全力で反抗してやる。たとえ親子の縁を切ると言われようと何だろうと構わないと思っていた。

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