エピローグ 5 泣いてません。

 「紗希、泣いてるのか?」

 

 「……泣いてません」

 

 「泣いてるだろ」

 

 「泣いてません」

 

 「……泣いてるな」

 

 ベルウッドさんの親指がわたしのほほに触れ、涙をぬぐう。

 

 「……泣いて、ます」

 

 わたしは白状し、項垂うなだれた。

 

 「最期にお前さんのために体を張って、仲間に看取みとられて死ねたんだ。軍曹も本望ほんもうだっただろ」


 そう思えばなぐさめ程度にはなるが、後悔こうかいが押し寄せてくる。


 「でも……わたしがもっと……頑張がんばっていれば……」


 もちろん自分では限界げんかい以上に頑張ったつもりだ。


 しかしながら、心のどこかで軍曹に甘えてしまっている部分があったのかもしれない。


 ベルウッドさんの手がわたしの頭をでる。


 わたしはベルウッドさんにもたれかかった。


 冷え切ったわたしには、微熱の残るベルウッドさんの胸はとても温かかった。鼓動こどう心地ここち良く、それにほんのりいい匂いもした。


 

 おそらにまあるいおつきさま

 なかよくうたうおほしさま

 みんなよいこだねんころり

 とり、むし、けものもねんころり

 おやまのむこうにおひさまが

 おかおをだすまでねんころり

 みんなすやすやねんころり

 みんなすやすやねんころり



 疲れ冷え切った心と体をそっと毛布で包み込んでくれるような、温かく優しい子守歌。


 不思議と全身の力が抜けてゆく。


 わたしはいつの間にか眠りに落ちていた。




 耳元で聞こえる規則的な寝息で、わたしは目覚めた。


 まだ天窓からは星が見える。


 んげっ、い寝してしまった!


 ベルウッドさんはまだ眠っていたが、何となく気まずい。


 わたしはベルウッドさんの腕の中からゆっくりと身を抜き、そろりそろりと部屋を出た。


 顔を洗い、歯をみがいたものの、まだぼんやりしながら外へ出てみると、東の空が明るくなり始めていた。


 もうすぐ夜明けだ。


 確か、軍曹と糖ヶ原とうがはら村へ出立しゅったつしたのも、今ぐらいの時間だったかな。


 思い出すと、また胸が苦しくなる。


 庭を歩くと地面がザクザクと鳴った。霜柱しもばしらだ。


 わたしは切りかぶに刺さっていたなたを取り、まきを立てた。丁度良さそうな箇所かしょに刃を入れて、三回ほど切り株に打ち付け、たてに割った。……が、真っすぐ割れず、わずかにななめになってしまった。


 この前、ベルウッドさんに割り方を教えてもらったが、不器用なわたしはあまり上手にできない。


 まあいいか。こうして何かやっていた方が気もまぎれる。


 ただ無心むしんで薪を割り続けた。


 そして何本目かの薪に鉈を掛けた時、ドアの開閉音がし、ザクザクという音が近付いてきた。


 「しんから外れてるな。音で分かる」


 ベルウッドさんだった。


 「あ、起きたんですか」


 わたしはさほど感慨かんがいもなく述べた。


 「下手くそな音で起こされたよ」


 そんな憎まれ口を叩かれても、今のわたしは腹を立てる気も起きない。


 「まだ寝てろ。薪なら間に合ってる」


 ベルウッドさんはわたしの肩に軽く手を置いた。


 薪が足りていることはわたしも知っている。でも、何かに集中していないと、気がれてしまいそうだった。


 ベルウッドさんは低い声を漏らし、わたしの背中や腕を触った。


 「こんな薄着でいたのか。何考えてるんだ。中に入れ」


 「……ん……」


 わたしは曖昧あいまいな返事をし、うつむいた。


 寒いも暑いも、今はどうでも良かった。


 すると何を血迷ったのか、ベルウッドさんは突然両手でわたしの胸を掴んだ。


 わたしは悲鳴を上げ、反射的にビンタを飛ばす。


 鉈で斬り付けなかったのは、我ながら大したものだと感心する。


 「このエロオヤジ!」


 「いった……。腑抜ふぬけてるから刺激を与えてやったんだよ!」


 「感傷かんしょうひたっているだけです!」


 「いいから中に入れ! 体を冷やしたなら丁度いい。まだ熱っぽいんだ。俺に抱かせろ」


 このオッサンは、夜明け前からよくこんな恥ずかしい発言を大声でできるものだ。


 「熱っぽいって……じゃあ、添い寝したのはわたしの体が目当てだったんですか!」


 「聞いててこっちが恥ずかしくなる。お前さん、恥じらいってものを知らないのか?」


 「その言葉、そっくりお返しします!」


 「お互い、利害が一致したんだ。お前さんだって喜んで俺に抱かれてただろ」


 ああああっ! このふしだらオヤジ、羞恥心皆無しゅうちしんかいむ発言を立て続けに平然と!


 「とにかく冗談抜きで中に入れ。まだみ上がり……っ!」


 ベルウッドさんは台詞せりふ半ばで不意ふいにわたしを抱き寄せ、鉈を取ってかまえた。


 「朝っぱらから何者だ?」


 「朝っぱらから楽しそうじゃないか、紗希」


 ベルウッドさんが鉈を向けた先に立っていたのは一人の男性だった。

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