エピローグ 4 こんなわたしのせいで……。

 と思ったら、ションタクはわたしの片手を取り、何かを握らせ、そしてなぜかダッシュで出て行ってしまった。


 「へ……?」


 訳が分からず、握らされた物を確認する。


 それは象牙ぞうげ色の鉤型かぎがたの物を革ひもで結んだ首飾りだった。ひぐまか何か、肉食獣の爪だろう。


 「あなたのこと、好きみたいですね」


 トヘヌベシ医師が代弁した。


 ああ、ションタク。気持ちは嬉しいけど、わたしにはノエル先輩がいるし……。


 「ションタク、見る目あるね」


 ノエル先輩は首飾りをそっと取り、わたしの首にかけてくれた。


 わっ♪ ステキ! さり気ない仕草と一言♥


 「同じお子ちゃま同士、気が合いそうだな」


 張り倒したろかい、この莫迦オヤジ!


 

 それから、もう一日ニウア族の人達にお世話になった。コタンシュさん宅では、わたし達のためにご馳走も振る舞ってくれた。


 そしてわたし達は、しまれつつもソエトク村を後にした。


            ❁     ❁     ❁


 一日掛かりで帰宅。


 体力が戻るまでは絶対安静! と局長から特大の釘を刺された。


 そう言う局長とて、まだ相当な疲労が残っているはず。ちゃんと休養を取ってほしい。


 ノエル先輩も覚えたてのエネルギー剣を何度も使ったのだから、かなり消耗も激しかっただろう。


 百回ぐらい死んでいてもおかしくないほどの死闘だった。軍曹は本当に死んでしまったし。


 わたしは何度目かの寝返りを打った。二日半も眠り続けたせいなのか、眠れない。ソエトク村では普通に眠れたのに。


 すごく寒い。まるで、冷え切った板床いたゆか敷布団しきぶとんを通して、わたしの体温を吸収しているかのように、体が全然温まらない。


 臨死りんし体験までするほどの重傷だったのだから、まだ何かと体に不調があるのは当然か。


 そんなことを考えていると、足音が近付いてきて、床がノックされた。


 「何の用です?」


 わたしが返事もねてたずねると、ゆっくりと床が持ち上がり、ベルウッドさんが現れた。


 普段、ベルウッドさんがわたしの寝室であるこの屋根裏部屋に入ってくることはない。朝起こす時も、乱暴に床をぶっ叩くだけなのだから。


 「ローズヒップティーだ。本当はミナちゃんに出すつもりだったんだがな」


 このオッサンの口から、そんな小洒落こじゃれひびきの単語が出てくるとは思わなかった。


 「……いいんですか? とっておきの高級茶を?」


 「もう古いしな」


 在庫処分かい。


 ベルウッドさんは布団の横に座り、わたしにカップを差し出してきた。


 天窓てんまどから差すぼんやりとした月明かりを頼りに、わたしはカップを受け取り、一口飲んだ。


 優しい甘酸っぱさとかぐわしい風味。少し熱めだが、今のわたしには丁度ちょうど良く、美味しい。


 「床に直敷じかじきじゃ寒いな。後で絨毯じゅうたんでも買いに行くか」


 ベルウッドさんは床と自分の尻に触れ、独り言のように言った。


 この人、なぜわたしの部屋に来たのだろう? 軍曹の死に責任を感じて、わたしが自殺でもするかもしれないとか心配しているのだろうか?


 事実、責任は感じている。誰も責めていないことは分かっていたが、感じずにはいられない。


 まあ自殺しようにも、この屋根裏部屋は中腰ちゅうごしでないと頭をぶつけてしまうほど天井が低いので、首をくくることもできないが。


 「それを飲んだら寝ろ。俺もまだ少し熱っぽいから寝る」


 「眠く……ないです」


 疲れているはずなのに、眠くない。


 言葉にできないほどの悲愴ひそう感に胸をめ付けられ、心身ともつぶされてしまいそう。


 「俺も、そんな気分じゃないけどな」


 ベルウッドさんも同調し、め息をく。


 軍曹は素晴らしい人だった。大好きだった。尊敬していた。こんなわたしには出来過ぎたもったいないほどの相棒だった。


 こんなわたしのせいで、軍曹は死んでしまったのだ。


 わたしが未熟なせいで、弱いせいで、おろかなせいで、どんくさいせいで。


 わたしなりに全力を尽くしたことは、軍曹も最期の最期に、そしてあの世の入り口

でも感謝し称賛しょうさんしてくれた。……だけど……


 だけど、わたしがこんな役立たずではなければ、もっと違うマシな結果があったはず。


 ナヒトに対してでさえ、少なからず慈悲じひの念を抱いてしまっている。そんな自分も許せない。そもそも、あの男に軍曹は殺され、わたし達も死にかけたというのに。


 今さらのように涙が、嗚咽おえつが、せきを切ったように込み上げてきた。


 治ったばかりの胸の怪我が痛む。でも止まらない。

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