エピローグ 7 うわっ、なんか嫌な予感。

 「あー……ええと、とりあえず、僕は席を外すことに……」


 「いいからいてください」


 ベルウッドさんが所在しょざいなさげに去ろうとしたが、わたしはその腕を掴んで隣に座らせた。


 「悪いけど、わたし帰らないから。パパの言いなりになってたらストレスで病気になりそうだし」


 「まあ……無理に連れ戻す気はない」


 パパはほんの少しばつが悪そうに答えた。


 あれれ? こんなにもあっさりと折れちゃった。


 どんな手段を使ってでもしつこく喰い下がってくるであろうことを覚悟していたわたしは、かなり拍子ひょうし抜けしてしまった。


 局長と、特に軍曹、一体全体、この金剛石頭ダイヤモンドヘッドのパパをどうやって説得したのだろう?


 「雄介と違って、お前には夢中になれるものが何もなかった。だから、せめて英才教育を受けさせてやろうと思ったんだ。でも、神楽坂局長と将方さんが言うように、お前がここでアンブローズの仕事を頑張っているなら、それでいい。だがただし、条件がある」


 うわっ、なんか嫌な予感。


 「高校はちゃんと卒業するんだ」


 「いやだ」


 反射的に即答するわたし。


 「じゃあ……あとはお二人で相談して……」


 「いいから座っていなさい」


 またまた立ち上がりかけたベルウッドさんだが、パパにせいされて断念した。


 「そもそも、勉強漬けが嫌だから家を出たのに、なんでここまで来てまた学校に行かなきゃいけないわけ?」


 「中途半端ちゅうとはんぱはいけない。こっちの高校に編入へんにゅうして、きちんと卒業しなさい。神楽坂局長とも話は付いている」


 そこまで聞いて、わたしはピンと来た。


 局長と軍曹はパパを完全に説得したわけではない。いかなる形であれ、わたしがアンブローズで仕事を続けられるように譲歩じょうほしたのだ。


 本人わたしに何の相談も報告もなく、勝手に決めてしまったということである。


 いや、今になって思えば、きっと軍曹から打ち明けるつもりだったのだろう。しかし、糖ヶ原とうがはらへ向かう道中ではわたしが不貞腐ふてくされてしまい、そしてあの避難ひなん小屋ではナヒトの襲撃しゅうげきに見舞われ、それどころではなかった。


 結局、話せずじまいになってしまったのだ。


 「あの……僕はお茶でも入れて……」


 『いいから!』


 パパとわたしの声がハモり、ベルウッドさんを強制的にとどめた。


 「わたし、何も聞いていないんだけど?」


 「そんなはずはない。神楽坂局長も将方まつかたさんもきちんとした人だ。どうせお前がうわの空で聞いていたんだろ。お前は昔からそうだ。人の話に耳を貸さない。まったく誰に似たんだか?」


 百パーセント、あんただって。


 でも、聞いていないのは事実である。軍曹とてチャンスはあったが話しそびれてしまったのだから。


 「君はどう思う、ルーサー君?」


 「ゑっ⁉ 僕ですか⁉」


 予告なしに振られ、それまで身の置き場にあぐねていたベルウッドさんは裏返った奇声を発す。

 

 「紗希とはねんごろな仲のようじゃないか。うちの娘のことをどれだけ真剣に考えているのかを知りたい」

 

 「べ、別に、そういう仲じゃ……っ!」


 「紗希、お前はだまっていなさい。私はルーサー君に訊いているんだ。そうやって人の話を聞かないのは、お前の悪いくせだ」


 誤解を解きたいだけだって。話を聞かないのは父親ゆずりだし。


 何より、このオッサンがパパを説得できるほど饒舌じょうぜつだとは到底とうてい思えない。局長と軍曹が苦労して整えてくれたせっかくのお膳立ぜんだてさえも、跡形あとかたもなく崩壊ほうかいさせてしまうのではなかろうか。


 「……ああ、はい、そうですね」


 ベルウッドさんはそこで額の冷や汗をぬぐい、軽く咳払せきばらいをしてから続けた。


 「お義父とうさんのお考えはご立派です。確かに教育は大切なことだと思います」


 賛同するな! それにあんたのお義父さんじゃないだろ。


 「ですが、お義父さん。過ぎるのは如何いかがなものかと思います。たとえるなら、高級な食べ物をたくさん用意して、こんな贅沢ぜいたくをできるなんて幸せだ、どんどん食べろと、口の中に無理矢理大量に押し込んでいるようなものです。どんなに良い物でも与える量には限度がありますし、与えられるがわにとって苦痛でしかないなら、それは拷問ごうもんです」


 あれ? なんか記憶に新しい台詞せりふ……って、わたしがついこの間、ベルウッドさんにこぼしていた愚痴ぐちである。


 このオッサン、さも自分の意見のようにほざきやがって。しかもさっきから、お義父さんお義父さんって当然のように呼んでるし。

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