エピローグ 8 どことなく意味深な台詞。

 「なるほど、なかなかどうして真面まともな意見じゃないか」

 

 ほぼわたしの愚痴の転用に、パパは心底しんそこ感心していた。

 

 「でもせめて、途中になっている高校ぐらいは卒業した方がいい。それから進学するか、それともアンブローズで仕事を続けるか、それはお前の自由だ」

 

 「僕も全くの同意見です、お義父さん。中途半端ちゅうとはんぱは良くありません。それに、高校を卒業しておいた方が、将来何をするにもはばが広がるというものです」

 

 う……。急に大人としての真っ当な意見。

 

 わたしとて分かっている。環境が許すなら、勉強はしておいた方が良いと。

 

 「聞いただろ、紗希。ルーサー君もこう言っている。来年からまた高校に行きなさい。何も勉強けの生活をしろとは言っていない。アンブローズの仕事も、ルーサー君との時間も大切にしながら高校に通えばいい」

 

 このオッサンとの時間はどうでもいいんですけど……? むしろ、そんな時間は持ちたくない。

 

 「パパ、勘違かんちがいしないでほしいんだけど……」

 

 「お前みたいなわがまま娘には、少し年の離れた相手が丁度ちょうどいいんだ。ルーサー君、うちの娘をよろしくたのむ」

 

 「お任せください、お義父さん」

 

 ベルウッドさんはドンと胸をたたく。

 

 ちょっと待てい。一切いっさい否定しないんか。

 

 あと、しつこいようだけど、あんたのお義父さんじゃないって。

 

 「でしたら、こちらの高校では僕が手続きをしておきます。冬休み明けにでも通い始められるようにしますので」

 

 わたしを差し置いて勝手に話を進めないでほしい。

 

 だが、実家に戻って、またあの発狂はっきょうしたくなるような生活に戻るか、それともこの契羅城ちぎらきとどまり、アルバイトという形でアンブローズの仕事と学業を両立させるか、わたしにとってどちらが低ストレスかは言うまでもない。

 

 ここはひとまず編入へんきゅうを受け入れておけば、パパも納得し、局長も誘拐犯にされずに済む。

 

 「まあ……そ、そこまで言うなら……こっちの高校に行ってもいいけど……」

 

 わたしは不承不承ふしょうぶしょうに答えた。半分ぐらいはパパの言いなりになるのだから、あまりこころよくはなかった。

 

 「じゃあ、決まりだ。ルーサー君、こっちの手続きは君にまかせることにする。必要経費は近いうちに送る。養育費の負担は親である私のつとめだ」

 

 パパはまだ少しむずかしそうな顔をしていたが、らしくもなく、わたしの経験史上、もっと物分ものわかりが良かった。

 

 「では話もまとまりましたし、お義父さん、朝食でもいかがですか? 大した物はお出しできませんが……」

 

 だからあんたのお義父さんじゃ……! ああもう、逐一ちくいち突っ込むのも疲れてきた。

 

 「またの機会にさせてもらう。今日の昼前にはノスコーへたなくてはいけない。年末年始はずっと向こうで学会なんだ」

 

 パパは立ち上がると、改めてベルウッドさんのことを、頭のてっぺんから足の爪先まで見渡みわたし、それからわたしの顔を見た。

 

 「紗希、何事も社会勉強だ。しっかりはげみなさい」

 

 どことなく意味深いみしんな台詞。


 「……は、はい」


 わたしにはパパの真意しんいはかりかねたが、とりあえず返事をしておいた。


 それから、パパは小早こばやく帽子とコートを取り、身に着けながら表へ出た。


 「朝早く失礼した。今度は常識的な時間に来る」


 パパはそれだけげると、朝日に照らされたまだ静かな通りを足早に歩いて行った。


 わたし達はパパの姿が見えなくなるまで見送ってから、家の中に入った。


 こんなどこの馬の骨とも知れない男に娘を任せる気になったとは、わたしに言わせれば、パパらしからぬ淡泊たんぱく反応寛容かんよう対応だ。不気味でさえある。


 局長と軍曹が説得に死力を尽くしてくれたお陰……だけとも思えないのだが、変な勘繰かんぐりはせず、そう思っておこう。


 「やれやれ……」


 ベルウッドさんは安堵あんどと疲労の溜め息を込めてつぶやき、ソファに腰を落とす。


 「何が『やれやれ』です⁉ パパの前で彼氏づらして、どういうつもりです!」


 わたしはベルウッドさんに掴みかかった。


 「一芝居ひとしばい打ったんだ。俺みたいにデキた大人の男が相手なら、お義父さんも安心するだろ」


 言い返してきたベルウッドさんの声が、心なしか上擦うわずっている。


 よくよく見れば、両膝りょうひざかすかに笑っていた。


 どれだけ緊張してたんだっつーの? しかも、お義父さんお義父さんって、まだ言うか。


 「わたしにはノエル先輩がいるんです!」


 わたしはベルウッドさんを投げはなした。


 すると、ベルウッドさんはなぜか鼻で軽く笑い飛ばしやがった。

 

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