第五章 1 囲まれてるようね。

 【⚠ このエピソードには残酷描写があります ⚠】 


 真っ暗な空間に出た。

 

 ヘッドライトで照らし見ると、どうやら樹林の中、白樺しらかば林のようで、かなり雪深い。

 

 また頓珍漢とんちんかんな場所だ。一体全体、第二研究室はどこにある?

 

 今のところ雪は止んでおり、少し強めの寒風が吹いていた。

 

 寒風とは言っても、頬に当たると冷たさより痛さが先行してしまうほどの凶器のような寒気。糖ヶ原とうがはら村よりもさらに寒い。一・五~二倍増しで。毛皮のベストが一層有難く感じる。

 

 「ここはどこだ? さっきまでと空気の質が違うな」

 

 と、ベルウッドさん。

 

 「分からないけど、狐魑魅こすだま渓谷でないことは確かね」

 

 局長が答えた。

 

 雪の上には複数人が通ったと思われる、少し赤い色の混じった足跡が正面へ一直線に闇の果てへと認められた。その直線から外れて、あちこち別方向へ続いているものもあった。

 

 これはやはり必然的に、より足跡が多い方を辿たどるんだろうなぁ。この足跡の主が味方である可能性はないから、かなり勇気がいるけど。

 

 わたし達は上着のフードを被り、複数の足跡を追った。これらの足跡がなければ、ひざ辺りまでの雪にはばまれて、進むのにすこぶる骨を折ったことだろう。

 

 寒風が吹くだけの、不気味な静けさに包まれた白樺林。まるで異世界にでも迷い込んでしまったような、言いようのない不安にられてしまう。

 

 歩くうち、この白樺林の中、わたし達からそう遠くない距離に紅衣貌ウェンナックの気配を感じた。それもかなり多い。三、四ダース? いや、もっといるかも。位置は四方八方。

 

 あれ?……ってことは、もう練識功アストラルフォースを使える?

 

 「やっと妖狐血晶フォキシタイトから脱したと思えば……どうしてこんなにいるの? 囲まれてるようね」

 

 局長は立ち止まり、真っ暗な木立こだちの先に目をらす。

 

 数が多過ぎる。もちろん、わたし達が全員全力で迎え撃てば何とかなるが、一番の目的であるあの大蛇に辿り着くまでに力尽きてしまっては目も当てられない。そうでなくても、ただでさえこの極寒と足元の悪さで体力を消耗しているというのに。

 

 わたし達は背中合わせに立ち、円陣を組んで剣を抜いた。

 

 「わたしが炸裂弾さくれつだんで吹っ飛ばすから、近付いてきた奴らをやっつけて」


 局長は剣先に子供の拳ほどのエネルギー塊を作る。


 体の一部ではない部分に意識を集中できるとは何たる凄業すごわざ! しかも炸裂弾って、単なるエネルギー弾とは違うようだ。


 「炸裂弾なら俺も少しは行ける」


 ベルウッドさんも右手に剣、左手にエネルギー塊を発生させた。小器用なものだ。


 時々思う。保持する練識功の容量や技量が高過ぎるこの二人の会話に、ノエル先輩もわたしもついて行けない時がある、と。


 練識功のレベルそのものはほぼ同等でも、おそらく技術面では実戦経験の豊富な局長の方がすぐれているかもしれないが。


 程なくして、紅衣貌達の姿が目視できる距離にまで達してきた。うじゃうじゃいる。いずれも人や獣の名残を有する個体だが、やはり取って付けたような、はたまた無造作に千切り取ったような形体だった。


 洞窟どうくつ内で見た個体もそうだったが、二~五体の幽体が癒着ゆちゃくして形成されている紅衣貌が目立つ。数が多過ぎるとは思ったが、個体数そのものは少ないかもしれない。


 だがもちろん、一体ずつ地道にやっつけていては時間も体力も浪費するばかり。局長とベルウッドさんの言う炸裂弾に期待したい。


 局長が剣を振り、炸裂弾を放った。


 人と鳥の顔を複数有すダチョウ型紅衣貌に直撃。その名の通り爆弾のように炸裂し、近くにいた別の紅衣貌達も吹っ飛ばす。


 一発で複数を倒せる炸裂タイプ、便利だなぁ。わたしなんかただのエネルギー弾を一発作るだけで精一杯なのに。それも連発なんて夢のまた夢。


 局長と反対方向に立つベルウッドさんも左手から炸裂弾を撃った。


 三本の長い首の先に馬と鹿と山羊の頭を持った紅衣貌の胴体をつらぬき、少し後ろで破裂、最寄りの数体もろとも散らし仕留めた。


 いくら相手が負の思念の集合体でも、こうして目に見えて血肉が飛び散る様はあまり愉快ゆかいな光景ではない。まったく、最初から肉体なんか持たなければいいのに。


 二体、三体、四体と、運良く炸裂弾からまぬがれた紅衣貌達がせまって来る。


 ノエル先輩とわたしの出番だ。

 

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