第五章 2 足音が近付いてくる。

 【⚠ このエピソードには残酷描写があります ⚠】


 練識功アストラルフォースでの肉体強化は最小限に抑え、鋭く息を吐きながら剣を振り下ろす。

 

 角の生えた熊のような紅衣貌ウェンナックの頭を一太刀ひとたちで砕いた。

 

 動きが単純なだけに、注意して見ていれば対処できる。ナヒトのような予測不能な体さばきをする相手の方がはるかに厄介だろう。

 

 ノエル先輩も何やら巨大毛虫みたいな紅衣貌を叩き斬ったところだった。

 

 様々な複数の思念の寄せ集めなので当然なのだが、今回の紅衣貌達は特にバラエティ豊かな風貌ふうぼうである。

 

 そう感じる余裕が少しはあるほど、わたしの体は存外ぞんがい軽やかに動いていた。局長の治療と、朱室しゅむろさん宅でいただいた夜食と、それにわずかな時間だが深く眠れたお陰かも。


 次に近付いてきたのが完全な人型紅衣貌。ただ深紅色というだけで、姿形は人間と一緒。


 見るも奇怪な怪物なら躊躇ちゅうちょなく斬れるが(それでも元々は生きていた人間や動物達だが)、外観が人間と同じだと気がとがめてしまう。


 戦闘中の一瞬の迷いは命取りになり得る。わたしの太刀は無意識ににぶっていた。


 いけない! ふところに入られてしまう!


 危険を感じたその刹那せつな、左から突き入ってきた剣が人型の首をつらぬいた。


 炸裂さくれつ弾を撃ちながらのベルウッドさんだった。


 「一つ借りだ。チャーシューめん大盛り一杯!」

 

 ンなご無体むたいな……! しかもなんで大盛り?

 

 この寒さの中、突然ラーメンの話をされて、今すぐ食べたくなってきた。

 

 「ガキンチョにっ、たからないでください!」

 

 わたしは反論をせいに、立て続けに二体の紅衣貌をさばく。

 

 各々おのおのの奮闘で、紅衣貌達の数は十数体にまで減った。


 局長もベルウッドさんも炸裂弾を止め、剣を振っている。賢明な切り替えだった。エネルギー弾の使い過ぎは体力も精神力も消耗するのだから。


 先の戦いの疲労が残っているわたしは、さすがにちょっと疲れてきた。


 でも、もう少し。頑張ろう! おにぎり七個も食べたんだから!


 わたしは奥歯を噛みめ、剣を握り直した。


 と、その時、前方(わたし達が進んでいた方向)から飛んできた三本の細長い物が、紅衣貌達に突き刺さった。


 矢だった。一体誰が?


 それを皮切りに、続けざまにビュンビュンと何本もの矢が暗闇から現れる。


 無駄撃ちはない。わたし達には一本も当たることなく、全てが正確に紅衣貌達の体を貫いてゆく。

 

 矢を撃っているのは複数人のようだ。それも、かなり腕の良い弓の使い手と見た。

 

 あれよあれよという間に、紅衣貌達は一体残らず殲滅せんめつされた。

 

 何者の仕業しわざだろう? 矢の長さも太さも、アポカリプスの信者達が使っていたボーガンのものより作りがしっかりしていて本格的だ。

 

 けれども、今ここにいる人間は、その信者以外にはいないはず。

 

 足音が近付いてくる。

 

 わたし達は剣を構えた。

 

 やがて、動物の毛皮を着た風変わりな格好の男性が現れた。弓に矢を三本もつがえ、いつでも発射できる状態でこちらに向けている。


 ……って、まさか三本同時に撃てる? つまり、矢を放っていたのは複数人ではなく一人?


 それよりどういうことだろう? 助けておいて、この敵意はないだろうに。


 男性はかなり荒い口調で何かしゃべってきた。


 全然理解できない。何語? 


 いずれにしろ、矢を向けられているとなれば、多少怪我をさせてでもおさえ込むしかないだろう。人間を傷付けるのは極力けたいのだが。


 しかしどうしたことか、局長は持っていた剣をさやに収め、両手を上げた。


 「きっと警戒してるだけよ。全員剣をしまって」


 局長命令である。わたし達も剣を収めた。


 すると、男性はまだ怪訝けげんな表情でわたし達を順番に見回したものの、ゆっくりと弓を下ろしてくれた。


 だが、また大声で何かをまくし立てる。やっぱり分からない。


 「……あ……」


 ノエル先輩が思い出したように小さく声を上げると、一歩踏み出した。


 片言で、たどたどしく、ゆっくりと、意味不明の発音をつむぐ。


 男性は目を見開き、ノエル先輩を見返した。


 驚いたのはわたし達も同じ。


 ノエル先輩、何て言ったのかな? 少なくとも、剣呑けんのんな雰囲気は半減したようだけど……。


 「お前、ニウアの言葉、知ってる、なぜ?」


 男性が今度はわたし達の理解できる言葉を話した。


 なんと、ニウア族だったのだ。

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