第五章 9 もう触るな。汚らわしい。

 「そう偉くもありませんよ。私は単なるやとわれ用心棒ですから」

 

 ナヒトは答え、近くに信者がいないことを確認し、少し小声になって続けた。


 「ここだけの話、私は教祖という存在をあまり重要視しておりません。ただ、アポカリプスの抱く理想と私の目的が同じだったので、彼らに協力しているだけです。彼らにとって、私の戦闘能力と保安局の職員という立場も何かと便利ですし、私も彼らの紅衣貌ウェンナック開発技術には魅力を感じました。お互い利害が一致いっちしたということです。それに彼らからの報酬ほうしゅうも、保安局の給料より数倍良いですから、こうして用心棒以外の雑用ざつよう係も不満なく兼ねているというわけです」


 なるほど。そんな事情があったのか。


 るいは友を呼ぶ法則で、異常者仲間で何のしがらみもなく仲良くやっているのかと思っていたが、敵さん同士にもそれなりに利害関係がからみ合っていたのだ。


 だが、どちらかというと、ナヒトがアポカリプスという組織を都合良く利用しているだけのようにも取れるが。


 「これほど大人数の組織ともなると、時には裏切り者もいます。彼らの拷問ごうもんも私が担当しているんですよ。私を育ててくれた武装集団は戦闘や格闘の技術だけでなく、拷問術も数多く教えてくれましたから」


 「それは素晴らしい育ての親だこと」


 わたしはあからさまな皮肉をはさむ。


 「ええ、とても可愛がってもらいました。最もスマートなのは、少量ずつ血液を抜く方法です。とうとう口を割らずに失血死した者もおりました。単純に肉体を痛め付けるより、こちらとしても労力が少なくて済むのです」


 また訊いてもいないことをペラペラと。一体、どういうつもりなのだろう、この兄ちゃん?


 「女性に対しては、また少し扱いが異なりますが……もしかして、軍曹殿から聞かれたことがありますか? 元軍人のあの方の方がお詳しかったかもしれません。きっと戦闘だけでなく、捕虜ほりょの拷問に関してもプロだったでしょう」


 「軍曹は人をいたぶるような人じゃない」


 さすがに聞き捨てならず、わたしは反論した。


 「どうでしょうか? 長年軍人として生きてこられた方です。ただ戦場で戦っただけではないでしょう。あのような経験豊富な方から、是非体験談を拝聴はいちょうしたかったものです」


 少なくともわたしは、軍曹本人から捕虜を拷問した話などは聞いたことがない。そもそも、戦争中の話自体、軍曹はほとんど語らなかった。


 愉快ゆかいな記憶のはずはないのだ。きっと思い出したくなかったのだろう。


 それから、やはり長い螺旋らせん階段を上った後、ナヒトは四番目となるおどり場まで来ると、また鉄製のドアを開けた。


 「さあ、こちらです。お望みのものとご対面させましょう」


 わたしは警戒しながらゆっくり中へ足を踏み入れる。


 仄暗ほのぐら黴臭かびくさく寒い小さな部屋。鉄格子てつごうしがあり、その向こうに鎖でるされた影が認められた。


 大きさからして五歳ぐらいか。この子が誘拐されたコタンシュさんの息子ションタクに違いない。


 「こんな汚くて寒い所に閉じ込めておいたの?」


 「風雪にさらされる屋外よりは人道的でしょう」


 こんな鬼畜きちくにもおとやからの口から『人道的』などと聞かされるとは夢にも思わなかった。


 わたし達が来ると、ションタクは泣きながら何かを言ったが、ニウア語なので分からない。


 連中の仲間だと誤解されないように、わたしは可能な限りナヒトから離れようとしたが、ナヒトはわざとらしくわたしの肩を抱きながら、ろう錠前じょうまえに鍵を差し込んだ。


 もう触るな。けがらわしい。


 ナヒトが牢内に入ると、ションタクは一層激しく泣き、ナヒトから逃れようと両脚をバタつかせる。


 牢外に立っていたわたしの中に、このチャンスに扉を施錠せじょうしてやろうかという考えがよぎったものの、それでは人質を助けられなくなってしまうのでやめておいた。


 ナヒトもそれは折り込み済みなのだろう。


 泣き叫ぶションタクの顔に、ナヒトが張り手を飛ばす。

 

 「なっ……⁉」

 

 絶句し、反射的に牢内にけ込むわたし。

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