第五章 10 今しかない! やって見せる!

 ションタクは叫ばなくはなったが、揺れるくさりに吊るされたまま嗚咽おえつを上げていた。


 「このくさ外道げどう!」


 わたしはナヒトを突き飛ばそうとしたが、かわしながらあっさりと右手を取られ、背中でひねり上げられた。


 痛い。折れてしまいそう。


 「そんなに騒がないでください。言葉の通じない野蛮人を言い聞かせるにはこれが一番手っ取り早いんですから」


 ナヒトはわたしの右腕を掴んだまま、背後から体を密着みっちゃくさせ、耳元に顔を寄せてきた。


 「もう彼は用済みです。人質は一人いれば十分ですから、あなたの身の振り方次第しだいでは解放しますよ」


 いちいち耳元でささやく必要ないだろ。変態野郎。


 ナヒトはわたしの手を離すと、ションタクの両手を吊るしていた鉄輪てつわに鍵を差し込んだ。


 ションタクの体が突然落ち、短い悲鳴が上がった。


 わたしはションタクに駆け寄って抱き起こし、その顔を見てギョッとした。


 薄暗いため、こうして間近まぢかで見るまで気付かなかった。ションタクの左目は紫色のあざふち取られ、鼻と口からは出血し、両ほほもおたふく風邪のようにれ上がっていたのだ。


 ビンタ一発でここまでひどい状態になるはずはない。何度もなぐられたということだ。


 子供は無傷で解放します、とか、どの口でほざいているのか? すでに約束を破っていたではないか。


 それに、ションタクの両手首には鉄輪が喰い込んだあとまである。何とも痛々しい。


 右足を押さえているところを見ると、落ちた拍子ひょうしに痛めたのだろうか。


 「人質の無事も確認できたことですし、研究室に戻りましょう」


 無事、とかいけしゃあしゃあとよく言えたものだ。


 わたしは無言でションタクを抱え上げた。


 何とかして、脱出するきっかけを作りたいところだが、ナヒトはつねにわたしの背後へとついている。ナヒトの視界からはずれることができる瞬間がない限り、逃げるすきを見出すのは困難である。


 もしくは、不意打ふいうちを喰らわせて、あとは脇目わきめも振らず猛ダッシュで逃げるか。


 例によって例のごとく、ナヒトは扉を開けて、わたしを先に行かせる。


 わたしは今さらながら思い出した。


 ここは狐魑魅こすだま渓谷とは違い、妖狐血晶フォキシタイトの含まれた岩石ではない。つまり、練識功アストラルフォースの発動が可能な場所なのだ。


 体力の回復も十分ではない今のわたしでは、大したエネルギー弾は作れないが、形状や殺傷能力にこだわらない簡単なエネルギー塊なら瞬時に作れる。たとえその出来損ないのエネルギー塊でも、この至近距離からであれば、生身の人間には致命傷ちめいしょうを与えられるはず。


 わたしに続き、ナヒトもこちらへ出てこようとしていた。


 今しかない! やって見せる! おにぎり七個も食べたんだから!


 わたしは左腕にションタクを抱えたまま、右手に練識功のエネルギー塊を生み出し様、ナヒト目掛けてぶん投げた。


 バアン! とドアがはずれ飛び、真ん中辺りが少し溶けた。


 しくもナヒトには当たっていない。ナヒトが咄嗟とっさにドアを閉めて盾にしたからだ。


 もっと本格的で強濃きょうのうなエネルギー弾なら、鉄のドアをも貫通かんつうしてナヒトに一矢報いっしむくいていたかもしれないが、そんなことはどうでも良い。


 すきは作れた。あとは一目散に下へダッシュ!


 それ見たことか。わたしを何の経験もない能無しスカポン小娘だとあなどったから、こうしてドアの下敷したじきにされるのだ。


 だが、階段を下りようとしたところで、偶然にも、下から三十人ぐらいの信者達がぞろぞろと上って来るのが見えた。


 武器はナイフ一本。子供を抱きかかえながら、これだけの人数を蹴散けちらして強行突破する自信はなかった。

 

 仕方なく反対方向、つまり上へ走る。

 

 もちろん分かっていた。上へ逃げるのは骨頂こっちょうだと。確実に行き止まってしまい、逃げ場がなくなるのだから。


 それでも今は選択の余地よちがないのだ。何か作戦をれば良い。自分の機転きてんひらめき力を根拠もなく信じて。


 疲労も目眩めまいも忘れ、ションタクを抱えて、とにかく全速力で階段を突っ走り上がる。


 チラリと下を振り返れば、ナヒトを先頭に複数の追手が走って来るのが見えた。


 あああ、もう仕方がない! やはり上へ逃げるしかないのだ。


 必死にけ上がる。上へ上へと。


 奇岩の形からも分かるように、ここはかなり縦長の施設のようだ。上っても上っても螺旋らせん階段はどこまでも続いている。


 元々薄暗い城内だが、上へ行くに従って、一層いっそう光量が少なく暗くなってきた。それにあの牢屋ろうやに似た黴臭かびくささのようなほこりっぽさのような、不潔ふけつな臭気もただよっている。


 やっとのことで先におどり場とドアが現れる。これ以上階段もないので飛び込むことにした。

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