第五章 11 破滅的超加速!

 ここがこの施設の最上階。奇岩のてっぺんにまでは達していないようだが、わたしの体感では、高さだけならあの狐魑魅こすだま渓谷内の円筒えんとう形空間の深さに近いだろう。


 中は真っ暗。ションタクを下ろすと、ヘッドライトを点け、ざっと見渡す。


 古い木製のそりのようなものと、あとはびた機械やボロ切れがいくつかあるだけの部屋。ガラクタ置き場だろうか?


 複数の足音がだんだんとせまって来る。


 もう考えているひまはない。


 わたしは古い木製のそりにションタクを乗せると、全力で押してドアをブチ開けた。


 再び踊り場へ出て、すぐ階段。


 ナヒトを先頭に、追手達がそこまで来ていた。


 そり先が階段に差し掛かったところで、わたしも飛び乗った。


 わたしが思い切り押しまくった甲斐かいあって、そりはいきおい良く階段をすべり降り始めた。


 追ってきた信者達はもちろんのこと、ナヒトでさえもあわててはじへ飛び退いた。


 よしっ! このまま出口まで滑り逃げてやる!


 とは言っても、危険きわまりない。


 ここは直線ではなく螺旋らせん階段なのだ。上手くかじを取らないと壁に激突してしまう。


 わたしはションタクを左腕でしっかりと抱き押さえ、右手のナイフを階段に突き立てる。


 ナイフは耳障りな音を立てて火花を散らし、そしてなんとあえなく折れ飛んだ。


 わたしはもちろん、ションタクまでも悲鳴を上げた。


 そりは少しだけ減速しカーブしたが、まだ足りない。スピードが出過ぎている。


 左側の壁に当たりそうになり、わたしは片脚で壁を蹴り、何とかそりの向きを変えた。


 しかし下り階段はまだまだ続き、加速するばかり。いくら何でも速過ぎる!


 風を切る音が耳の中に響き乱れていた。


 ナイフが折れてしまい、もう舵取りもブレーキも不可能である。


 とりあえずできることといえば、体重移動でそりの向きを変えることのみ。


 わたしはほとんど野生のかんで、ションタクごと上体を右にかたむける。


 ああああ泣きそう! ちびりそう! ションタクはすでに半泣き状態。たぶん、時速百キロ近く出てる!


 そりは傾いたが減速せず、向きも変わらず、壁に激突!


 ―――いや。


 激突とは違う。壁を滑り上がり、天井にまでおよび、また階段に戻り、それからまた壁を滑り上がっていた。


 ようするに、この螺旋通路を、そりは縦螺旋状に滑り始めたのだ!


 もはや敵に追われている事実より、この絶叫級の豪速ごうそく螺旋滑走の方が恐怖である。


 ひええええ! 遠心力って凄い! わたし達落ちてない!


 それより、そりが熱くなってきているように感じるのは、わたしの気のせいではないようだ。何やらげた臭いがし、それに煙が出始めているのだから。


 尋常じんじょうではないスピードからの摩擦まさつ熱によるものだろう。


 ……とか、原因が判明しても対処できない! この螺旋滑走は止められない!


 あたふたしている間に、一階まで辿たどり着いた。……が、もちろん停止も制御も不能。


 そりは相変わらず螺旋滑走を継続したまま、一階の出入り口を疾風しっぷうごとく滑りし、お先真っ暗の下り階段へと突き進んでゆく。


 真っ直ぐな通路で螺旋滑走がおさまり、少しホッとしたのもつかの間、この階段、先程よりも恐ろしく急だったのだ。


 断定はできないが、おそらく傾斜角けいしゃかく三十度以上はある!


 破滅的超加速! 


 とうとうそりが発火した。


 ええい! こうなったら一か八か!


 わたしはションタクを抱え、素っ飛び横転し、そりから脱出した。


 背中を岩壁に打ち擦り、階段をバウンドしながら転がり落ちてゆく。


 奥で爆音のような音が鳴る。一足先に果てへと突っ込んで行ったそりが大破したのだろう。


 それからわずか数秒後、わたし達も壁か何かに激突し、止まった。


 痛い。息ができない。でも、無意識に練識功アストラルフォースで肉体強化をほどこしていた自分に感心した。そうでなければ、わたしもションタクもきっと即死していただろう。


 あと一、二秒そりから出るのが遅くても、やはり無事では済まなかったかもしれない。


 ションタクに何か声を掛けられたが、十数秒程度、わたしは脳震盪のうしんとうと全身の痛みで動けなかった。

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